古代への情熱-シュリーマン自伝/ハインリッヒ・シュリーマン著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

古代への情熱-シュリーマン自伝

「古代への情熱 シュリーマン自伝」
ハインリッヒ・シュリーマン(Heinrich Schliemann)著
関楠生訳 新潮文庫

 シュリーマンという人はドイツ生まれの人。19世紀にトルコの「トロイヤ」、ギリシャの「ミュケーナイ」「ティーリュンス」の各遺跡を掘り当てた人として有名。

 元々、シュリーマンの事績には毀誉褒貶が少なくない。何が業績として評価すべきか長いあいだ学会で議論された経緯がある。彼がロシアを舞台に藍を販売して巨万の富を得、それを発掘の投資に充てた背景には彼の幼少からの「ホメーロス」(福音書)への傾倒があった。そのうえ、天才的な語学達者でもあった。

 シュリーマンが三つの発掘現場で成功をおさめたことは事実だが、学者からは「宝捜し屋」とか「宝堀り屋」と軽侮、嘲笑された。発掘の仕方が素人であり、スコップとツルハシを振るい、人海戦術で挑んだ結果、発掘方法が粗雑で、ために多くの重要な他の出土品を破壊した可能性があるからだ。専門家からは数寄者であり金持ちの「暇つぶし」であり、まっとうな発掘姿勢ではないという批判的な見方があった。

 シュリーマンは1822年の生まれ、1890年に死去、1864年(明治維新の4年まえ)には江戸と中国を訪れ、後に「支那と日本」という本も出している。

 シュリーマンが発掘に成功したのは、ひとえに当時の専門家による学説や教義に縛られず、ホメーロスの詩を金科玉条のごとくに信頼したことで、そうした姿勢が映画「トロイのヘレン」の舞台である「トロイヤ」を発見するよすがとなったことは否定できない。発掘というより土木工事といった仕事の進めかたは多くの批判を浴びはしたが、こういう自己顕示欲の強烈な、ホメーロスに凝り固まった資産家がいなかったら、トロイヤもミュケーナイも発見されるまでには、まだ長い時間を要したであろう。

 本書からはシュリーマンの事績に関する正しい認識が得られるだけでなく、ドキュメンタリーとしての面白さがあることも強調しておきたい。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ