孫の力/島泰三著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

まごのちから

「孫の力」 島泰三(1946年生/京都大学理学博士)著
副題:誰もしたことのない観察の記録
2010年1月25日 中央公論新社より新書初版 ¥780+税

 著者はニホンザルの保護管理、マダガスカル島のアイアイ生息地保護管理に携わってきた、猿の専門家である。

 著者の言葉に、「ニホンザルにも孫がいるが、孫を特別な存在として意識することはない」というのがあり、あわせて「ニホンザルでは曾祖母、祖母、娘がほとんど同時期に子供をもつことがざらにあり、そのことも猿が孫に特別な感情をもたない理由であろう」という。

 そういう著者夫婦に孫が与えられ、その感動からまるで猿を観察する姿勢で孫を数年間(本書では小学校一年生になるまで)観察し、それを本書に著し、「かつて孫だった人、これから孫をもつことになる人のすべてにこの記録を贈りたい」と結んでいる。ちなみに、私には子供はいるが、孫はいない。

 以下は記憶に止まった箇所:

*母親は赤ん坊に生理的な快感を得て、赤ん坊から離れられなくなる。まるで麻薬。「なんどか乳をやっているうちに、気が遠くなるような幸福感に襲われ、この子がいてくれたら、ほかには何も要らないという気持ちになる」と、その子(娘)の母親は言った。

 この感覚は男には未知の世界だが、一方で、「母親のもつ男の子への支配力にはただただ驚嘆」とも揶揄している。(これは、いわゆる「マザコン」のことで、男の子のほとんどはマザコンであり、母親からの脱出が大人へのチケットという話は昔からある)。

 (自分の子を虐待する母親がしばしばニュースになるが、こうした現象は現代に顕著で、不可解。祖父母との同居がなくなってからの現象ともいえる)。

*「赤ん坊のほほえみこそは人の心の暗闇のなかの灯り。この光を見ることこそが人生の目的、この輝きを守りぬくことが人生の意味だ」と、寿命の終わりに至って、天命とともに天寵を知ることになる。

 (人間の子孫を思いやる時間的距離はせいぜい孫か曾孫くらいまでで、俗にいう「百年の大計」という言葉は人間の言葉遊びに過ぎないかに感ずる。でなければ、現在進行している自然破壊を一刻も早くやめることができるはずだ。つまり、孫か曾孫の時代くらいまでは地球環境はなんとかもつだろうという、いい加減な発想が多くの人間に無意識ながらある)。

*胎児は子宮のなかで神経細胞(ニューロン)を25万個つくるが、誕生後も胎内時と同じペースで脳をつくるから、大量の酸素を必要とし、それが頻繁な欠伸(あくび)の原因。

*猿も人も、命令によっては動かないが、賞賛によっては動く。

*1歳半を越えると、周囲の人間への順位づけを始める。母親がトップで、父親、保育士、祖母、祖父と続く。

*2歳半になると、記憶が確実になり、自分の行動に脈絡がつきはじめる=人格統合の開始。

*3歳になると、語彙が急速に増え、話を組み立てられるようになる。新しいことをしたがり、人の役に立つことをしたがる。

 (私の子供は3歳の時、ベランダから下の道路を見つつ、通過する自動車(外車を含め)の名前をすべて言ってみせた。ベースになったのはミニカーのコレクション)

*3歳半になると、嘘もつくし、嘘泣きもする。

*4歳の子供の脳容量は大人のほぼ90%に達し、神経線維の髄鞘が形成され、それぞれのニューロンの繋がりが確実になる。その意味で、もう子供とはいえない。

 (自分の子が4歳のころ、その吸収力に驚嘆した覚えがある。乾いたスポンジが水を吸い込むように、新しい言葉でも、新しい遊びでも、新しい歌でも、なんでもあっという間に覚えた。意図的に幼児語を一切使わなかったこともそのことに一役買ったかも知れない)。

*意識ができ、言葉を持つようになると、恐怖感情が結びついてくる。

 (同じ子供でも、男女差で、また個性でも違うだろうし、同じことへの反応も異なるだろう。だから、本書の観察記録がどの子にも通用するとは限らない)。

*女の子はおせっかい、3歳半で、その萌芽をみせるが、おせっかいが思いやりに変化する。また、孫娘はこの頃から媚びることを知った。

*4歳半になると、パンツをめくってお尻をみせようとする。周囲がやめさせようとすると、よけいやろうとする。

 (友人の家に泊まったときのこと。友人の娘、当時3歳か4歳だったと記憶する、が自分の部屋に私を連れていき、衣服の入った引き出しから自分のパンツをたくさん並べて、「おじさんはどれが好きか?」と質問され、ドッキリさせられたことがある)。

*5歳になると、ブロックの積み方にも予め構想を考える。保育所だから可能な多くのブロックを使った大きな作品を仕上げた。4、5歳の子を下に見るのは根本的に間違っている。

*5歳になると、好悪の感情とともに、はっきり個性がみえてくる。ピアノ教室に通うようになった。

 (私の子は負けず嫌いで、負けるとひどく拗(す)ねるために周囲が困った)。

*孫は保育所で神経衰弱を好んでやろうとしたが、周囲はつきあおうとはしなかった。理由はズルをしたかららしい。

*近所の子供が集まって遊ぶ風景は現代日本社会では失われてはいないものの、稀な景色になっている。保育園はより充実した新しい形で、その機能を果たしている。

*孫は小学校一年生になって、一輪車に夢中になっている。

*江戸時代は平均寿命が50歳以下であったはずだから、孫を見た人は稀であっただろう。

 (現在、幼児に対して各種予防注射が打たれているが、江戸期にはそういう体制になかったため、幼児死亡が多かった。ために、平均寿命が低かったのは事実。しかし、無事に幼少時代を過ごした人のなかには、徳川家康が長生きしたように、孫に恵まれる年齢まで生きた人も僅かではなかったのではないか)。

 著者が「あとがき」で、「ヒトの心はまわりの親しい大人たちとの関係のなかで、まず形づくられる。若葉が風にそよぐように、心が歌にそよぐのであれば、子を見守る周囲の大人たちは若葉を育てる日の光のようなもの」と言う。

 祖父母が一緒での生活では、過保護、過剰な甘やかしがある一方で、親子間のショックアブソーバーにもなり、虐待などは起こりえないのも事実。そして、なによりも家庭に小さな社会が形成され、子供が社会性を身にする最高の機会となっている。

 本書は心温まる一書だった。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ