宇宙からの帰還/立花隆著

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宇宙からの帰還

「宇宙からの帰還」  立花隆(1940年生)著
中公文庫  1985年文庫化初版
2007年を迎えて33回の増刷
同書は1978年に同社から単行本として初版

 2007年12月27日に同作者による「宇宙を語るⅡ」を読んだが、中に「宇宙からの帰還」の話が頻繁に出てくるため、急遽、本書を読みたくなり入手した。

 「宇宙空間」とは、真空であること、ために上下、縦横、高低もなく、重い軽いもないし、宇宙船外に出れば全くの暗黒が支配し、無音の世界で地球から眺める星の数の5,6倍が肉眼で見えるという状態。遠近感は意味をもつが、辛うじて、内側、外側といった指示を出せる程度。

 人間は真空では生きられない。空気だけでなく、気圧が不足すると呼吸を可能にする肺胞の膜を空気が通過できず、血液中に届かない。高山病は酸素濃度が減るからではなく、気圧低下によって肺による吸収力が低下するからで、海抜5千メートルの気圧は約400ミリHG、地表では760ミリHGとなり、高度2万メートルでは気圧が40ミリHGに落ち、いくら100%の酸素が存在しても、真空中にいれば、肺呼吸する生物は死に至る。気圧が下がるために、沸点が下がり、体内を流れる血液だけでなく、人間の体の70%を占める体液すべてが沸騰、気化し、やがて全身が風船玉のように膨れあがり、破裂してしまう。

 しかし、宇宙空間で、もし宇宙服や宇宙船の壁が破れたりしたら、体液が沸騰して死ぬ前に、酷寒のなかで凍死してしまう。また、宇宙空間の危険のなかには真空を通過する太陽輻射熱があり、これも直接浴びれば死を免れない。

 作者は過去に宇宙飛行士として大気圏外に出た、あるいは月面着陸したアストロノーツを米国に訪問し、「神」「人間」「宇宙」「世界」「生物と進化」「生と死」「存在」「認識」などに関する一連の哲学的な質問を用意、かれらにしか知りえない「神秘体験」を探る目的で取材した。

 月は大気をもたないため、表面温度は太陽に直射された部分は130℃に達し、裏側の部分は零下140℃に達する。

 地球時間は天体の運行にその基盤を置いてきたし、今後も変わらないだろうが、一旦、地球を離れれば、地球時間の実用性は完全に意味を失う。宇宙空間の中を動いていれば、天体の運行はその動きゆえに時々刻々違って見えてくる。

 電波の速度は秒速3万キロで、月は38万キロの距離にあるため、地表からの指令が届くまでに1.2秒かかる。

 宇宙船の発射から到達空間での動きにいたるまでは、地上の超大型CPU(コンピューター)の支援に頼る。だたし、指令船から離れ月面への到着時、落下地点を選び、適切な処置をとるのはパイロットの操縦技術にかかってくる。このとき、月面に降りたロボットが燃料を使いすぎると、指令船まで戻って、ドッキングできなくなり、地球への帰還は不可能ということになる。

 サターンの打ち上げ時、重量は2900トン、打ち上げ最初の一秒は人間が歩く速度だが、950秒のあいだに燃料の重量分が24トン軽くなるから、重さは3分の1となり、150秒後には時速8500キロに達する。(燃料を収納した部分を切り離すことで可能になる)。

 宇宙船には船舶の海図の代わりに星図が用意され、灯台の役を務める恒星を37指定され、そのうちの二つの星、つまり一つの星と地球、一つの星と月などを選択の上、それぞれ角度を測定してCPUにインプットすると、自動的にジャイロスコープの狂いが是正される仕掛けになっている。

 太陽からは太陽風という温度10万℃という風が秒速500キロでプラズマ流として放出されるが、地球の磁場が跳ね返すため、地表には届かない。人類が太陽風の存在を知ったのはようやく1958年だった。また、紫外線の吸収はオゾン層に穴をあける。(オゾンの薄い南極に近いオーストラリアでは通学する子共たちは必ず帽子をかぶるなどの配慮をしている)。太陽そのものはヘリウムと水素で燃え、死の神ではあっても、それを恵みの神に替えているのは大気で覆われた地球環境。

 とはいえ、大気はたった20キロの厚さしかなく、地球のサイズから見ると、ごくごく薄い膜でしかない。

 宇宙船からの眺めで最も美しいのは日暮れ時の小便(小便は船外に放出する)。一回の小便で1千万個くらいの微小な氷の結晶ができ、それらが太陽光を浴びてキラキラ七色に輝き、得もいわれず美しく、これを「宇宙ホタル」と称するようになったが、原因が小便であることが判明したのは何回もの宇宙飛行を経てからだった。

 テストパイロットになるためには(新鋭ジェット戦闘機)、大学院の航空工学科に入り、航空力学、航空航法、航空機構造学、誘導ミサイル、電子工学、微積分などをコースにとり、計器工学で学位をとらねばならない。アメリカは日本と違い、産学協同、軍事協同が高いレベルで成立している。

 冷戦時代、ソ連は米国に先立ってスプートニク1号、86キロの人口衛星を打ち上げ、1か月半後にはライカ犬を乗せたスプートニク2号(500キロ)を打ち上げ、米国に大きなショックを与えた。焦った米国は同じ年に、二度の失敗を重ね、翌年の1月末にようやくジュピターロケットによるエクスプローラー1号によって初めて打ち上げに成功したが、重量はわずかに14キロという軽量だった。

 1958年、米国は月への打ち上げに挑んだが、立て続けに三回失敗し、1959年ソ連は月ロケット、ルナ1号から月への距離、7,500キロあたりを通過し、人類史上初の人口衛星となった。一方、米国は3月エクスプローラ4号が月から59,000キロと離れたところを通過しただけに終わった。ソ連のルナ3号(無人)は月面に到着、ペナントを月面上に残し、ルナ4号は月の裏側の撮影に成功。

 1961年、ソ連はガガーリンに「地球は青かった」と言わしめたヴォストーク1号で地球を一周させ、人類初の宇宙飛行をなしとげた。

 次は米国による月面着陸成功から:

 クルーは出発30分前に純度100%の酸素を吸い、窒素を体内から追い出す。窒素が気圧の低下の中で気泡化するからだ

 軌道に乗るまで、パイロットは4Gの加速度で座席に押しつけられ、無重力状態から月に向かう軌道に乗ると(発射後4時間後)、地球から1万キロ以上離れ、そこから慣性飛行に移るため、猛スピードで飛んでいてもその実感はない。宇宙船内部は惰性空間で、内部にいる人間にとって静止空間にいるのと同じ。地球がすごい速度で自転、公転しているが、我々はそれを感じないのと同じ理屈。ただ、空から見えている地球がどんどん小さくなっていくのを見、自分らが飛び続けていることを認識できる。

 パイロットの一部の人間は宇宙船にいて、頭脳の明晰化、精神と能力の拡充を感じている。100%の酸素を吸い続けたために脳細胞が平常より活性化したのではないかと考えられている。(人間が純酸素を吸っても問題がないという話は理解できない)。

 月には大気がないため、夜の暗闇と昼の輝きがくっきりと一線で分かれる。風もなく静謐(せいひつ)そのもの。完全な不毛、人を身震いさせる荒涼索漠とした地表。

 アメリカのあるアストロノーツは「月から見える地球は暗黒の中天高に美しく、暖かみをもって、生きた物体として見える。(太陽の光を浴びた地球は光り輝く惑星であるが、周囲は暗黒、このコントラストが地球を異常に美しく、貴重なものに見させるのだろう)。同時に、なんともデリケートで、もろく、はかなげにも、壊れやすくも見える。これは神の恩寵だということが説明なく実感できる。神の恩寵なくしては、我々の存在そのものがあり得ないということが疑問の余地なく理解できる」と感想を漏らした。(読者としての私には、それはちょうど古代人が大自然の猛威の前にひれ伏し、神を感じた「アニミズム信仰」の一種のような印象があるが、地球がデリケートで脆弱な天体に見えたというのは現実的な把握ではあろう)。

 また、同じアストロノーツのウィリアム・ジェリーも、神秘体験には共通の特徴があるとして、まず、その表現不可能性、伝達不可能性を強調した。それは「恋愛体験のない人に恋愛心理を説明しても解らないのと同じだと述べ、同時に共通の特徴は日常的な知性、理性をもっていては、とうてい得ることのできない真理の深みを洞察した状態だ」という。後日、牧師になったアーウィンの特徴も神秘主義の古典的類型にぴったりはまっている。曰く「ダーウィンの進化論は人間は猿から進化したなどというが、人間は特別な存在だ。神が特別に創造したものだ」と主張した。(アメリカのダーウィン嫌いはダーウィン理論と宗教とが相反するからだが、進化論を信じない人間に地球物理学も、宇宙論も語る資格はない)。

 その後、ソ連はチトフをヴォストーク2号に乗せ、地球を17周半させ、25時間18分を達成する。その半年後、米国のグレンが4時間15分で地球を3周した。

 スワイガーは退役後、議会下院の科学技術委員会のスタッフになったが、「現在のような時代では、科学技術や科学的知識をもつ議員が必要なことは自明だが、その意味での資格者は僅かであり、ほとんどは弁護士上がりの人物。「21世紀にかけて解決を迫られている問題はエネルギー、食料、南北問題、いずれもテクノロジーの知識なしには解決できない。米国の政治家は危機的状況が起こるまで動こうとしない。いつも後手にまわる。まともな政治家なら、問題を萌芽の段階で手を打って、危機を未然に防ぐものだ」。(日本の政治家と変わらない)。

 米国のコロラド州には原油に換算して6千億バーレルがある。中近東の全油田の埋蔵量を全部合わせた量よりも多い。が、資本投下しようとはしない。(これは米国一流の戦略。他国の油田を使いきってからおもむろに開発に手を染めるのだと私は推量している)。

 宇宙飛行士の給料は公務員と同じだが、いったん宇宙から帰還すると、女にもてるばかりでなく、大手企業から引く手数多という状態になる。女の問題で、家庭崩壊したアストロノーツは僅かではない。

 アイリズは「地球上のもめごとや紛争は実はマイナーなことなのに、地表にへばりついていると、それが目に入らない。宇宙からは逆にマイナーなものが見えない代わりに、本質が見える。相違は現象で、本質は同一性であり、人間は種族、文化が違っても、同じホモサピエンスだということを強く認識した。ネイション・ステート(民族国家)の時代から、プラネット・ステート(惑星国家)の時代に入る」。

 (着陸寸前に炎上爆発して死んだイスラエル人の宇宙飛行士、ラモンは出発前は世界中に散るユダヤ人を代表していくのだという意識から、ユダヤ教をあらためて学び、ユダヤ料理さえ持参したが、妻に伝えたメールには、ビートルズが歌った「Imagin」と同じような、「地球は貴重な惑星、世界は一つ、国境などなくてもいい、人々が兄弟のようになり、争いをやめ、平和であって欲しい」というメッセージが残されている)。

 シラー(62年、65年、68年と三回宇宙船に周回している)によれば、「いまは赤外線写真など、様々な特殊写真技術によって、地表の公害の進行ぶりを解析できる。ロス、デンバー、東京などのスモッグは肉眼ですら観測できた。それらは地球のシミのように見え。とくにひどかったのは、上海で、ひどい大気汚染にまみれた地域だった。人間はこの地球以外で生きることはできない。そういうところで地球人同士が争い、戦っていることが哀しく思えた。科学者は事実に基づいて決定を下す。政治家は感情や情緒に基づいて決定を下す。環境問題はこの地球という惑星の生存の条件と、人間の生産、生活活動の間に妥協点を科学的に発見していくことが要諦。人間も自然の一部なのだから」。

 エド・ギブソンは目的を太陽観測のために宇宙船に乗った。観測を可能にする装置が搭載され、太陽フレアの誕生の瞬間を捉えることに成功、太陽コロナの観測、大陽プロミネンスの観測においてもデータをしっかりとった。

 「眺めの美しさは圧倒的で味わいつくせないものだった。船外活動を3回やったが、あるとき手違いで、夜間、船外にポツンと一人で浮いていなければならなかった。真っ暗闇で何も見えないところ、深い淵をのなかに落ち込んだような感覚で、気味の悪さは言葉による表現を超えている。宇宙はどうして出来上がったのかという科学的な説明はあるが、なぜ宇宙は存在するのか?という問いには答えられない。それが科学の限界。人間の知覚に触れないものの存在が世界にはまだいくらも存在するが、それは科学の対象外となる。それで、外界のすべてを知っているなどというのは傲慢というものだ。同じことは宗教にもいえる。宗教が科学に解らぬことを知っているというのも傲慢。私には不可知論のなかに神がいるとしか思えない」

 ジェリー・カー(1973年、スカイラブ4号の船長、2000時間の宇宙滞在を果たした)

 「環境とエコロジーへの配慮なしには、人間は生きていけない。人為的汚染より、自然汚染がひどい。

火山の爆発、砂嵐、河川による海洋汚染といったものが印象に強く残った。日本の桜島、中国の黄河、アルゼンチンのラプラタ河の汚泥が海いっぱいに広がる様子、モーリタニアの砂嵐が大西洋まで吹き出されている。地球が特別の存在だと思うのは人間の思い込み。人間は地球の上でたいした存在ではなく、地球は宇宙のなかでたいした存在ではない。宇宙には万物の秩序があり、すべての事象が調和している。このバランス、パターンが存在することを発見した。文化は環境に支配されている」。

 ジェリーはさらに「宇宙でセックスは可能だが、体を紐で縛ってやらないと大変なことになる。出産も可能だが、無重力状態で生まれた子は骨も筋肉も弱く、血液によるエネルギー補給も少なくてすむから、心臓血管系統が弱化するだろう。『エネルギー不滅の法則』というのがある。形は替えても決して消失しない。人間の生エネルギーの場が死後は宇宙全体のエネルギーの場に吸収され、一体化するといったことがあり得るかも知れない」

 シューワイカー(アポロ9号で月面着陸)

 「時間は過去と未来に無限に伸びる直線ではなく、円環状になっていると考えれば、スタートの問題は消える。たとえ、ビッグバンで始まったとしても、いずれ膨張して宇宙が破裂し、再びビッグバンが起こる。無限のくりかえしだと考えれば、世界の始まりと終わりを議論する必要はない。

 作者は「アストロノーツの話のなかにはしばしばアリストテレス的な話が頻出すると言う。「神とは宇宙精神、コスミック・スピリットであるといってもいい。宇宙知性といってもいい」。

 作者はさらに「巻末対談」で日本のアストロノーツである野口聡一氏との対談を2006年2月号の「中央公論」から抽出し、著作の古さと、アメリカ人ばかりがインタビュー対象となった本文を補っている。

 人類は未だ進化の過程にあり、いずれは宇宙人として現在の人類とは全く異なる生活を営むようになるだろうという話には一驚を喫した。なぜなら、そういう文明のステップに到達する前に、人類は地球を破壊し、死滅するだろうと、私は思うからだ。


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