ロシア・ショック/大前研一著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

ろしあしょっく

「ロシア・ショック」  大前研一(1943年生/企業家育成の第一人者)著
2008年11月11日  単行本初版 ¥1500+税
帯広告:伸びつづけるGDP、高い教育水準、EUとは接近、世界一の親日感情 ロシアはもはや仮想敵国ではない

 この作家はロシアとは無関係の設問を冒頭で読者に仕掛ける。「最近、最も経済上昇を達成したのはどこの国か知っているか?」と。

2003年はエジプト、2004年はトルコ、2006年はペルー、2007年はナイジェリア、2003年から2007年通算ではエジプトが正解らしいが、どこにも肝心のロシアは出てこず、なんのための設問か不可解。

 はじめから、「ロシア礼賛」を意図した作品とはいえ、「日本が現在最も注目すべき国はロシア。今後の世界的潮流のなかで最も大きなインパクトをもって台頭してくるのはロシアである」と、いきなり大上段にふりかぶる言い方には抵抗を感ずる。本書が刊行された2008年以来、最も経済力を増したのは中国であり、人口が多いこともあり、軍事力の強化を含め、今後とも世界の注目を浴び続けるだろうと推量するのが真っ当な意見だと私は思う。

 「アメリカのサブ・プライムローンを過剰に買っていたために、一国をあげて倒産したアイスランドに5千億円相当の資金提供をしたのもロシア」、「ロシアは世界一位の天然ガスと、世界二位の石油生産量(埋蔵量では世界7位)、多種類のレアメタルに恵まれた国、日本にないものを多量に持ち、日本はロシアの持っていないものを持っているという関係」「日本を無条件に好きだという外国人はトルコ人、インド人、そしてロシア人である」

 「結果的にソ連邦を崩壊させたのはゴルバチョフで、その後、ロシアは塗炭の苦しみを味わうことになったが、次代を継いだのはアルコール依存症のエリツィンで、それまで「Yes Man」を装ってきたプーチンが大統領になってから、広大な国土に眠る地下資源の開発に目を向けて以来、流出していた頭脳が国内に留まるようになり、経済的な格差は避けようがないものの、全体が底上げされ、現在では極端な困窮者はいない。対外債務も返還し、債権国家に転換した」
 (地下資源に恵まれている事実は羨望に堪えないが、世界は二酸化炭素の元になる地下資源を使わずに現代的な生活が出来るようなテクノロジーを模索している。地下資源ばかりに依存していると、いずれ足元をすくわれる)。

 「プーチンは2008年にメドベージェフを大統領に就任させたが、2012年には自分が大統領に返り咲き、2期、8年、2020年まで大統領の座に就くことを想定している。日本にとって、有利なのは、プーチンが無類の日本好きであること」
 (確かに、プーチンは柔道家でもある)。

 「ところが、日本には北方領土のことを含め、ロシアを根底から嫌悪する人間が多い」。
 (大きな領土に恵まれながら、昔から領土への貪欲さには底知れぬものがあり、数度のトルコとの戦争、江戸末期の北海道への上陸、ポーランド分割、第二次大戦直後の千島列島占領などはロシアの南への憧憬と無縁ではない。アフガニスタンもコーカサス山脈にあるチェチェンも被害国。大戦直後、満州から逃げてきた日本人女性の多くがロシア兵に強姦された事実もあり、兵士のみならず、無辜の市民までシベリアの強制収容所に連行され、そこで死を迎えた例も少なくない)。

 「ロシアの国土は日本の45倍、時差が東西の端で11時間、ソ連邦解体後の人口は日本より1千万人強多い1億4190万人、広大であるため、地域間格差は著しい。平均寿命は59歳(50代前半という説もある)なので、老後の蓄えについては無関心。共産主義時代から長期にわたって、買いたいものが買えないという状況にあったため、ロシア人は現在預金するという感覚はなく、購買することに日本人には理解しがたいほどの喜びと興奮を覚える」
 (中国内陸部に住む中国人だって、金さえあれば車も電化製品も買いたいだろう)。

 「アルコールは、かつて寿命の短い原因といわれたウォッカから、今ではビールに変わって、ドイツ人や日本人を抜いて、消費量は増え続けている」

 「中国人が憧憬するのはまずアメリカ産、第二にヨーロッパ産、一方ロシア人が憧憬するのはまず日本産。日本産が高品質であることを熟知しているから、高額であることも納得している」

 「ロシア人は一部の日本人がもっている怨念を共有していない。ロシア人の74%が日本好きなのに対し、日本人の82%がロシアに親しみを感じていない。ロシア人の若年層は日露戦争があったことすら知らない」
 (のみならず、敗北したという意識もない)。

 「日本のアニメ、コミック、文学作品、各種ブランドなどの分野が世界を股にかけて席巻し、広大な地域に攪拌、拡大している事実を日本人はもっと意識すべきである」

 「JT(日本タバコ)の売り上げは国内では落ちているが、ロシアのタバコ市場の34%を占め、JTを支えている。また、リコール問題で国内で信頼を失墜した三菱自動車は、ランサーがロシア市場第一の人気車種であり、おかげで、株価が持ち直している」

 「ロシア製でいいものはウォッカとキャビアだけだということをロシア人は知っている。また、日本のサンクトブルグへの企業進出は、2004年の春には3社だったのが、2007年には30社を超えた」
 (広大な国であるばかりか、冬季は寒冷地と化すから、物品の輸送には想像以上の苦労が伴い、かつコストも高くなる。広大であり、寒冷地であることのデメリットをどう克服するかが、ロシアの課題)。

 「中国、韓国は進出した日本企業のテクノロジーを鵜の目鷹の目で凝視、その真髄を盗むや、会社を辞め、自分で起業するケースが多発。日本製の品物は日本に任せてなどという気持ちはなく、貪欲。一方、ロシア人は日本製はできるなら日本でつくってロシアに持ち込んでくれと言う。日本製品を真似して、自らつくろうなどという気持ちはさらさらない」

 「サハリンでは日本企業が参加した開発があるが、かつてその途中で開発中止命令がロシア政府から出され、やっぱりロシアは汚い、信頼できないと日本人の大半が思ったし、マスコミもあげてロシアのやり口を非難したが、株式の持合比率を替え、ロシアのガスブロムが参入することが実現し、開発は再開された。ことの成り行きは日本企業も予測していたことで、とくにアンフェアな措置ではなかった」
 (だったら、その時点で、渦中にある企業が、日本のマスコミに対しきちんと説明すべきだった。実際には、相互の取り分を日本側を減らすことで合意したのではないのか。つい最近、初の天然ガスがタンカーに運ばれてサハリンから日本に向け出航したのと報道があった)。

 「ロシアは人材の国、IT関連ではいずれIT大国になるだろう。グーグルの創始者、セルゲイ・ブりンはアメリカに帰化したロシア人。人材が多いのは高学歴で、元軍需産業や宇宙産業に従事していた人材が多いという事実にも根がある」。

 「ロシアのイメージは不透明、不正の横行、腐敗(賄賂)、企業や政府による理不尽な意思決定、こうした悪いイメージが定着している。これをどう払拭するかが、今後の課題」。
 (この点では、中国とも、発展途上国とも、同じレベル)。

 「一方、中国で暴力や内乱のリスクが潜在的、恒常的に存在するのに比べ、ロシアにはそうしたリスクはない。ロシアはソ連邦解体直後にいっぺんに資本主義になったため、一時的に塗炭の苦しみを味わったが、短期間に資本主義、自由市場に慣れ、回復した。その点、中国のほうに問題は多い。格差という点でも、ロシアには中間層の拡大が期待できるが、中国、ブラジル、インドにとって、格差の解決は重い問題」
 (ロシアが短期間に成長を遂げたのは偏に地下資源のおかげ。最近の報道によれば、中国政府は外需が減っている現状に鑑み、内陸部へ57兆円相当の公共事業の実施を決定した。日本政府の1兆円、2兆円というケチな予算ではない)。

 「いずれ、中国はアメリカ、ロシア、EUにとって脅威となるだろう。ために、ロシアはEU寄りに変化するだろう。中国の暴走、覇権主義に対抗し、NATOとアメリカとのひずみ、軋轢は、ロシアがEUに入ることで解決できる。アメリカの唯我独尊的な態度にも対応できるメリットがあり、ロシアのEU入りは将来あり得ると思われる」

 「日本は北方領土問題や過去のあれこれに拘泥せず、ロシアとの関係強化を進めることが、21世紀の大きな課題である」
 (日本政府のユルフン外交が今日の状態を招いている)。

 大前研一氏の文章には、繰り返しが多いこと、文章に感情移入が多過ぎること、全体に灰汁が強いだけでなく押し付けがましく、「おまえらは知らないだろうから、教えてやる」といった姿勢が傲慢な印象を読者に与える。この作者には、昔から一貫して、そうした引率者的なキャラクターが抜けずにあり、もう少し淡々とした文章だったら、内容が斬新で、内容が日本人には革命的であるだけに、もっとインパクトを伴って読者に肉迫するものになっていただろう。

 本書のおかげで、多少だが、私のロシア観にも変化が生じたことを付記しておく。とはいえ、KGB上がりの残忍な手練手管で、自分に反対する人間を殺害し、都合の悪いことを報道するメディアは統制するという、目つきの悪いプーチンを信頼する気にはなれない。日本の政治家の一部と同じように、醜悪さが面構えに滲み出ている。現実に、ウクライナの大統領を面前で恫喝したこともあり、プーチンは甘い男ではない。また、プーチンは北方領土に関し、二島だけなら返還の用意ありと言っているが、日本政府は四島でなければ絶対に嫌だと言い続けるだろう。


前後の記事

«  (前の記事)

(次の記事)  »

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ