風の良寛/中野孝次著

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kazenoryoukan

「風の良寛」 中野孝次(1925年生)著
2000年 集英社より単行本
2004年1月  文芸春秋社より文庫化初版  ¥543

 僧侶に関する書物に手を出したことのない私がたまたま書店で目にした本書を入手したことには、何かの縁を感ずる。

 良寛は19世紀(江戸中期)に生きた人だが、「この宮の 森の木下(こした)に子供らと あそぶ春日に なりにけらしも」との和歌を残しているように、待ちに待った春の到来を寿ぎながら、子供らと遊び戯れる風景が脳裏に浮かび、穏やかで優しい人柄がイメージされる。

 本書を読んで、良寛が越後の出雲崎の名主の家に生まれながら、あるとき唐突に出家し、一切の欲心から離れたこと、そして、黒衣をまといながら寺の住職にもならず、経も読まず、人の葬式にも手を貸さず、貧に甘んじ、施しだけに食を頼り、隙間だらけの庵に住み、寒風に耐えながら、ひたすら自分を見つめ、自分とは何かを自問しつつ生きたことを知った。

 作者は、そういう良寛と現代を生きる我々とを比較し、「人生を豊かに生きるには?」という命題に立ち向かい縷々書いているが、良寛の生き様を知れば知るほど、機械文明にどっぷり浸かっている現代人にはとうてい真似のできないことを悟らされる。

 良寛と同じ時代の僧侶に比べてすら、良寛の異質性は際立っている。一般に、当時、出家する人間は、親の遺産を相続できない次男、三男が多く、ほとんどが寺をもち、檀家を持ち、住職になって、生活に苦労することはなかった。いわんや、現代の僧侶は墓守代を徴収し、ときには寄付を仰ぎ(強いることも多い)、卒塔婆1本につき¥5,000をとり、外出は外車に乗ってという姿が頻繁に見られ、そのうえ宗教法人だから税の対象にすらならない。妻帯する僧も多く、金銭欲の面でも、色欲の面でも、一般の人と変わるところがない。そういう点からも、良寛がいかに破格の人物だったかが理解できる。

 自分の弱さをまるだしにする度量と正直さ、子供らとともに春の到来に心から喜悦する姿勢、こういう日本人はもうこの国には永遠に不在なのではないだろうか。

 時代が違うといえば、確かにそうなのだが、それにしても落差の激しさのなかに、現代の我々に欠けたものを自覚させる作者の筆勢にも驚愕せざるを得ない。

 「風の良寛」というタイトルがなんとも言えずいいし、心をくすぐる。一読にも、二読にも値いする書である。


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4 Responses to “風の良寛/中野孝次著”

  1. tama より:

    中野孝次は『麦熟るる日に』の頃から好きでした。『風の良寛』は未読です。評価が高いということなので、探してみます。
     先日の辺見庸はほとんど読んだ事がないのですが、講演をお聞きした時に、しっかりした思想のある方だと感じました。『もの食う人々』面白そうですね。

  2. withyuko より:

     私が小学1年生のとき、「良寛さま」という子供向けの本を読んだのですが、その本にも、清貧に甘んじる良寛さまのくらしが子供にもわかるように書かれていました。紙も墨もないので、確か空中に写経(だったか?習字の練習だったか?)をしている場面が印象的でした。

  3. レイコ より:

    出雲崎在住レイコです。30をすぎ、生まれ故郷の良寛さまに興味をもち、良寛さま他ゆかりの方の墓参りからはじまり本を読み…あさり中でした。是非探して読んでみたいと思います。私も、良寛さまの生き方が今を生きる私達に何か教えてくれているから、今再び話題を集めているのでは?と思います。中越沖地震ですべて失った時…すべてをタクハツに使うひとつの器ですませ、亀田ホウサイや訪れる人をアッ!といわせた良寛さまがパッと浮かびました。今、不景気だ、家がない、金がない!と社会が荒れていますが、誰にも荒されない心の豊かさ…を持っている人は、実に堂々と生きているきがします。人が、生きていく上で一番大切な事はなんなのか…見直す時代がいよいよ到来でしょうか。【この宮の…】私、一番大好きです。本、探すぞ!ありがとう☆ございます。

  4. hustler より:

    私の祖父も出雲崎ではないが、越後の出身で、東京に出て相場の世界に入った人です。中越地震は人ごととは思えませんでした。

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