緒方貞子・難民支援の現場から/東野真著

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「緒方貞子・難民支援の現場から」 東野真(1965年生/NHK社会番組制作チーフ)著
帯広告:緒方貞子はどう生きてきたか!?
2003年6月22日 集英社より新書 ¥660

 緒方貞子、正直にいうが、私が尊敬している唯一の人物である。

 なぜか?

 彼女の祖父は犬養毅、軍国主義に反対して暗殺の憂き目に遭い、父は元フィンランド公使、母方の祖父は元外務大臣という環境に育ち、幼少の頃から海外での生活が長く、大学もアメリカで二校を卒業、帰国しては大学の講師、準教授、教授を経て、日本初の女性国連公使に選ばれ、ユニセフ執行理事会議長、国連人権委員会日本政府代表を経、国連総会で第八代国連難民高等弁務官に選出されたとはいえ、高等弁務官になってからの活動は彼女以前に同じ立場にいた男たちを上回って優れた業績を残したからだ。

 3期10年にわたって、数々の紛争地域に自ら足を踏み入れ、新しい機軸を創造し、それまでにはなかった手法を採用することに逡巡せず、反対者がいれば、相手が誰であれ、対等の立場で説得に努めたり、演説もした。

 日本人一般は白人に対しては劣等意識(Inferiority Complex)を、発展途上国の人に対しては優越意識(Superiority Complex)をもつのが普通で、白人に劣等意識を持たない人、たとえば、私のように13年間を北米大陸とのかかわりに過ごした者でも、相手がWASP(アングロサクソン系)で企業の役員だったり、政治家だったりすると、とたんにチキンハートになるというのが通り相場だが、緒方貞子は相手の社会的立場に拘わらず、言葉を替えれば、そういうことに殊更の意識をもたず、相手が避難民なら何十回でも親しく接することで現場を肌で知り、避難民への援助が計画通りに運ばなければ、相手が国連であれ、NATOであれ、欧州諸国のトップであれ、「受身で行動しているだけでは何も得られない」との信念に基づき、場合によっては、批判を覚悟で威嚇までして、目的を達することに挺身した。

 白人を含む大勢の部下たちが驚嘆するようなアクションを決然と採る姿勢は、呆気にとられつつも、結局は、かれらの畏怖と尊敬とを勝ち得た。

 こういう日本人は、しかも、女性は稀有の存在であって、古今に例がない。

 彼女がかかわった紛争地は、イラクがクェートに侵攻したとき、クルド人が難民となってトルコ国境に押し寄せたときに始まり、旧ユーゴスラビアのセルビア共和国とクロアチアの紛争、同じ地域のボスニアヘルツェゴビナの独立宣言時、サラエボの飛び地に住むムスリム人が迫害対象になった紛争、コソボ紛争、アフリカ西部のザイール(現コンゴ民主共和国)へのルワンダ難民の流入と、いずれも過去に例のない支援を行わざるを得ず、やむなくNATOやアメリカの軍事力に頼ったこともある。

 緒方さんは、「人間というのは感情を抑止できるほど利口でも賢明でもない。異民族、異教徒との共存の可能性は簡単な問題ではない」と語っているが、国境を他国と接したことのない、他民族や異教徒集団と生活を共にしたことのない日本国民には、こうした微妙な問題は上っ面しか理解できないもの。

 緒方さんの育った環境と酷似した環境で育った日本人はほかにも存在するが、だからといって、彼女がやってのけたような、演説、現地への踏み込み、国連への威嚇を含めた決断を真似できる人はいないだろう。

 頭脳が明晰というばかりでなく、柔軟であり、相手によって基本姿勢を変えない芯の太さ、根性のすわりよう、小さな身体で紛争の真っ只中に飛び込んでいく度胸、現地を凝視し、現地人と直接対話をし、現地の実態を的確に把握することで決断を導き、問題解決に至る手法、どこをとっても非の打ちどころがない。

 本書はそういう緒方貞子の10年間の苦闘を余すところなく、語っている。

 ただ、私の個人的な意見だが、日本がたった一度だけの敗戦を経験したというだけで、「羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く」というチキンハートに陥らず(こういう国は欧州にはない)、発言力、交渉力の背景として自国を自国で守る軍事力と兵器の行使能力を背景としてもっていたなら、彼女の業務遂行ははるかにスムーズにいったであろう。

 本書を読むことで初めて知ったことだが、日本はかつてタリバンの代表者を日本に呼んで、和平を試みた実績があるという。私を含め、ほとんどの日本人はこの事実を知らない。


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2 Responses to “緒方貞子・難民支援の現場から/東野真著”

  1. 関西より より:

    知りませんでしたが、すごい方だったんですね。
    タリバンを呼んだって9.11の後ですか?

  2. hustler より:

    だと思うんですけど、確かな日付は私も知らないんです。

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