さくら伝説/なかにし礼著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

さくら伝説

「さくら伝説」上下巻  なかにし礼著  新潮文庫
2004年3月単行本初版 2006年3月文庫化初版

 本書はこの作者の最新の作品だが、これまでに世に問うた作品のなかで最も苦労して書いた著作であろうと推察される。

 内容のかなりの部分をエロティックな描写に割きながら、臨死体験から過去の胎児時代や一歳時の記憶、自分が祖父と母との不義の子であることを認識する過程、一方で、夢に歌舞伎の「助六と太夫の道行き」までが出てきて、それぞれを文中に配置する構成はもとより、読み手を惹きつける手法にも相当の時間を充てて推敲を重ねたはずだ。とにかく、内容に非科学的な話が錯綜し、これらを技術的に無理のない起承転結に構成していくのは並大抵のことではなかったろう。

 残念ながら、私には、この種の物語は現実味に欠け、過去の作品「兄弟」(2005年1月3日書評)「赤い月」(2005年1月10日書評)を書いた同じ作者の作品とはとても思えなかった。このニ作品はほとんどノンフィクションに近い内容で、感動をもらったが、本作品から得たものは瑣末なものしかない。「刺青が和風手彫りで、タトゥーがアメリカ式機械彫り」であるとか、「京都の廓(くるわ)では花魁より太夫が上位である」とか、薀蓄が多少増えた程度に終わった。

 私は基本的に臨死体験とか、輪廻転生とか、魂の離脱現象だとか、沖縄の神女(かみんじょ)とかユタとか、そういうものを一切信頼しないから、そういう際物を扱った作品が荒唐無稽に思えるのかも知れない。

 なかにし礼ファンには申し訳ないが、この一書は私個人にはなんのインパクトも与えてはくれなかった。期待していただけに、遺憾の一語である。

 ただ、前ブログの「恋情」にせよ、本書にせよ、七十歳前後のおじさんが男女の色欲やエロティックな場面を見事に描ききる技量と意欲には言葉がない。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ