ほんとうの私を求めて/遠藤周作著

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hontounowatashi

「ほんとうの私を求めて」 遠藤周作著(1923-1996)
集英社文庫 1985年単行本初出
1990年9月文庫化初版

 作者はカトリック教徒だったが、短編を幾つか集めたエッセイである本書にもその影響は出ており、文体は一様に優しさに充ちている。

 以下、エキスを拾い出してみる。

1. 男女における家庭をもったあとの自意識の相違について:

 亭主は自分は第一に男であり、第二に父であり、第三に夫である。
 主婦は自分は第一に母であり、第二に妻であり、第三に女である。

 日本社会に特徴的だが、家庭をもち、子供をなした女性は自分の女を抑制する。とはいえ、それは休火山であって、死火山ではない。フラストレーションが溜まると、マグマが爆発するような性質をもっている。

2.女の性欲は男性のそれよりはるかに複雑で、微妙。

3.嫉妬にかられた女、愚痴ばかりこぼす女、いずれも醜くなる。反対に、美しいといわれ続ける女はどんどん美しくなる。

4.西欧の合理主義が行き詰って、東洋的な無意識の世界にいずれ接近する。

5.倫理とは異なり、社会道徳は時代とともに変化する。女は男以上に無意識の世界に支配されているから、社会道徳に拘束されず、従順ではない。一方、男は社会的動物だから、それぞれの時代の道徳律に従順、かつ固執する。だから、女は強く、かつ怖い。

6.「女を書けない小説家は一人前ではない」というが、男が描く女には眉に唾をしたほうがいい。単細胞の男に女がもつ複雑怪奇な混沌は、らしくは書けても、真実は書けない。

7.男同士の議論や会話には抽象論が多発する。女はそういう話を耳にして幼稚であり稚拙であると断ずるが、一理ある。(男は生涯幼稚な部分を持ち続ける)。

8.ユングの深層心理学から:

  男の子に対する母性は、慈愛あふれ、温かく、優しく、育む。ところが、他方では、包み込み、自由を奪い、拘束し、独占し、締めつける。男親の子への愛は乾燥しているが、女親のそれは湿気が強く、べたべたしている。愛情と執着が一緒くたになり、矛盾したものが混沌としたまま、女親にある。思想や思考によって変化せず、本能や感情によってしか変化しない。だから、女は強い。男の子にとって女との闘いはまず母親との闘いから始まる。

 (兄弟姉妹が少ない現今の日本社会では、母親からの脱却は一層むずかしいが、この部分の感想は作者自身の経験に基づくものではなかろうか)。

9.女は混沌のなかで平然としていられるが、男は混沌から抜け出すか、混沌を安定に変えないと生きられない。

 (言葉を換えれば、女は未解決の問題の山積に耐えられるが、男は耐えられない。異なる環境に逸早く慣れ、従順なのは女)。

10.男の嘘は頭と口でつくから、記憶している。女は全身で嘘をつくから、嘘と真実の境が希薄となり、場合によっては忘れてしまう。

11.「善人なおもて成仏す。いわんや悪人においておや」という言葉は、出来の悪い子ほど愛情を注ぐ女親の心情を映している。(この指摘には唸らされた)。

12.切支丹禁制が解かれたのは、岩倉具視が米国ワシントンに行き、不平等条約の改正を求めに行ったおり、米国大統領に「信仰の自由」について説かれ、納得。明治6年だった。

13.中高生の制服はださい。もっと現代っ子に合うように、おしゃれなものにすべきだ。

 (女子中高生のミニスカートの短さを初めて目にした外国人、ことに発展途上にある国からきた人は一様に驚く。「あれは性的挑発であり、犯罪を誘発する」と)。

14.クイーン・エリザベス号に10回乗ったが、3、4日で飽き、退屈してしまった。

 (日本人を飲食の心配のない無人島でも、半年置いたら、ほとんどは病気になっているだろう。せかせかした性格は一世紀や二世紀では変わらない)

 (「船旅は優雅」で「定年退職後の格好の暇つぶし」だと思っている人が多いが、通常の船旅は横浜から出港、次の寄港地、香港に着くまでの海が荒れていることが多く、大きい船だから酔わないと思いこんでいる人の裏をかくように揺れる。なかには、ゲーゲーやりだす人もあり、支払った金額(安くても百万円以上はする)を棄ててまで、香港に到着するなり自腹で帰国してしまう人が跡を絶えない。

  しかも、旅行社によっては各寄港地でのオプショナルツアーを事前に募集、ツアーに出るまえに支払いを強制するから、その金額さえ、キャンセル料がかかるといって、全額返却されるかどうかはわからず、へたをすると、大きな出費をしただけで見返りなしという結果になりかねない)。

 遠藤周作さんもいってるが、船では毎日、毎晩、旅客を飽きさせないように、ダンス、英語教室、食事会などが準備され、ある意味で、知らぬ人と親しくなるチャンスにもなるが、強制されている印象もあり、人によって、捉えかたも異なる。

 (しかも、いったん出航してしまえば、船のなかというのは寄港地に到着するまでは一つの村と同じで、1000人から1500人が、相手を選べぬ状態で同じ船の同じ空気を吸って、逃げることもできず、じっと耐えるしかなく、連日の大騒動に耐えられない人もいる。恋人や妻との二人きりの、優雅な旅を目的とするのであれば、二人だけで飛行機を利用する、プライバシーの守られる、そういう旅を推薦したい)。

 「切支丹の里」という作品をこのブログで紹介したことがあるが、その作品も同じ作家のものである。

 「女が強い」という点で、それを強調するような話をTVの対談で耳にした。医師であり作家でもある人物が「人間は血の3分の1を失えば死ぬというが、男は確かに3分の1を失ったら確実に死ぬのに対し、女では死なないケースが多くある。なかには、手術で2分の1を失っても死ななかったケースすらある。女は男に比べ、痛みに対してもはるかに強い」と。

 (女は子孫を残す大切な存在として、大自然に保護されているというしかない。飛行機が落ちても、助かるのは子供か女性である)。


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