死顔/吉村昭著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

死顔

「死顔」 吉村昭(1927年ー2006年)著
 新潮社  2006年11月 単行本初版

 言わずと知れた吉村昭の最後の作品。

 5つの短編は本人が書き、「あとがき」を妻であり作家でもある津村節子がまとめて、文字通り、吉村昭らしい誠実さを全編に漂わせながら、淡々とだが頑固な意地を垣間見せつつ、あの世とやらに旅立ってしまったという感が胸に迫り、無量の感慨が胸に溢れてくる。

 ものを書くことに熱中していた昔、数ある作家の、いわゆる文章読本なるものには99%目を通したものの、結局、自分が最も納得して参考にしたのが吉村昭の文章で、むかし原稿用紙にわざわざ写し取り、彼独特のリズム、速度、文章間の連携の具合、無駄を省くことによって生まれる迫力などを学んだことが昨日のことのように想起される。

 以前にも書いたことがあるが、吉村昭の作品の90%以上は読んでおり、完全にはまってしまった読者だった。あえて、私の最も心に響いた作品を述べれば「破船」であり、「熊嵐」でり、「魚影」である。

 本書に登場する出版社の方の葬儀が兄の葬儀とダブり、かけもちで出かけることになったが、その出版社の人は吉村昭が世に出るきっかけとなった感動的な作品、「戦艦武蔵」を評価、書くことを勧め、上梓してくれた人物だったのではなかったのかと推量する。

 本書の「死顔」では、「だれも己の死顔を人目にさらしたくはないだろう。死は安息の刻であり、死者はその安寧の刻を乱されたくはないはずだ。また、死の確定した、希望を断たれた病人を見舞うことは、その人を疲労させるだけであり、病み衰えた顔や体を目にすることは病人その人に対して失礼きわまりないことになるはずだし、病人の側も見られたくないはずだ」という考えに徹していた生前の生き様がそのまま彼自身の死に際しても踏襲されたであろうと想像した。

 この作者からは多くを学び、小説の面白さを教えていただき、資料、文献への詳細を極める渉猟と検索が思いもよらぬ史実をも露わにすることがあり得ることを学びもした。

 本書に出てくるロシア船がサハリン沖で難破、北海道の沿岸に船員の死体が打ちあがった話などは明らかに実話であるが、こういう話は一般的な歴史書にも出てこず、作者が関心を惹かれたことで、作品に昇華、私たちも知ることができた例だろう。

 あらためて、作者の功労に感謝し、ご冥福を祈りたい。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ