恋愛の昭和史/小谷野敦著

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

恋愛の昭和史

「恋愛の昭和史」 小谷野敦著 文藝春秋刊

 表紙がとてもいい。レトロで、なんとなく淫らな感じを受ける真ん中の女性は大正にでも昭和にでも姿を現しそうなムードがある。

 結論からいって、本書は「恋愛小説と、作家たちの昭和史」、あるいは「作家間の確執」という印象だった。

 とはいえ、むろん著者は専門家である。明治以降の男と女のことを書いた小説を片っ端から読み、渉猟に時間を加え、本書を著わしている。なかにはつまらぬ本もあったはずで、正直、ご苦労さまという感想をもった。(小説のみならず、歌謡曲や流行歌にまで目を向けている)。

 それぞれの作家の作品をそれぞれ小出しにした論評をするより、著名な作品、読者に影響を与えた作品などに採り上げる本を絞ってたうえで、それらの本だけをもうすこし克明にいじって欲しかった気がする。

 要するに、あまりに総花的になっていて、焦点がボケ、読後の感想が希薄。

 昭和の初期の作品として紹介された恋愛小説のどれもが現今の大人の感覚としては幼稚で、甘ったるく、読みたい気力を萎えさせる。時代の流れとともに消えていった、話題にすらされなくなったというのも頷ける。代表的な作家は「石坂洋次郎」「石川達三」で、当時はいずれも映画化され、吉永小百合や十朱美千代が主演、助演をしたものだ。いまはまどろっこしくて見ていられない。

 とはいえ、石川達三が、「一人の男と一人の女とが一万回も二万回も鼻をつきあわせて食事するなどということは常識では考えられない。まるで気狂いだ。そういう気狂い的行為を平然としてくりかえしている場が家庭というものだ」といった部分には思わず立ち止まってしまった。
 (同じことの繰り返しこそが安定と安心に繋がるというのも人生の一側面ではあるが)

 瀬戸内晴美も同じようなことを口にしている。「人の心は移ろいやすいもの、一人の男と女がただ一人の相手しか愛さないというのはむしろ奇蹟だ」と。この発言は「一夫一婦制」への批判ともとれる。

 戦後の男女間のことは戦前のそれよりむしろ保守的で、拘束されたものであったことがよくわかった。敗戦による影響で、日本の男女間のことは戦後あらためてスタートしたというべきか。ある意味で、タブーがかかったともいえるだろう。今は故人となった大島渚監督が「阿部定」を映画化して苦労した経緯が偲ばれるもする。

 それにしても、本書は文字どおり労作でありながら、その価値を認識できる読者がどれほどいるか。

 正直いって、残念ながら、多くは売れないだろう。

 不思議に思ったことがある。むかしの作家の多くが自殺していることだ。なかには女を道連れにした「心中」もあるが、こういう作家の「自分の生を断ってしまう姿勢」には合点がいかなかったし、だったら「本など書かずに消えてしまえ」といいたかったことを覚えている。自殺することが繊細な内心を表し、自殺することで己の作家としての(芸術家としての)人生を全うするという考えが、甘えを含んで、この時代の作家のどこかにあった気がしてならない。

 なかに、宮本百合子の手紙に面白い発言がある:

「射精すると、男の態度が変わる。(古今東西、普遍の生理学的事実。)女はそのあとむしろ男に執着を覚えるのに、男は倦怠を覚える。性の関係が続けば、男はいずれ、このような姿勢をとらざるを得なくなる」。男は同じ女との性関係には必ず飽きがくる動物。

 宮本百合子はレズに走った女だから、男のそういう射精後の虚脱感に堪えれなかったでのあろう。とはいえ、彼女は結局は男との性に戻る。やっぱり男のほうが彼女を満足させる何かがあったに違いない。

 当時の古い作家が「芸術至上主義」の美名のもとに、複数の身近な女に手を出し、その関係の起伏、転変を利用しつつ小説に書くという風潮があったような印象が拭えない。「自らの立場を利用した姑息な手法」だと思う。

 その他の感想:

1.「君の名は」の価値を認識した。

2.瀬戸内晴美の「花芯」、池田みち子の「醜婦伝」を読みたくなった。

3.ヴァン・デ・ヴェルデの「完全なる結婚」は昭和21年以降2年間ベストセラーになったらしいが、私は高校生時代これを書店で立ち読みし、ほとんど全部を読了してしまった。

4.「恋愛は相手を崇拝する、性欲は相手を尊重する必要はない」という一説がある。私としては「性は相手を時間をかけて限界まで開発し、性のもつ大きな愉悦を知らしめるのが男の義務」だと思っている。女は一度や二度しとねを一緒しても、その女性の資質、体質を測ることは不可能だから。しかも、経験と時間を重ねることによって女は可変的でもあるから。

 学んだこと:

1.恋愛は変異を含みながら、ある程度の文明に達すれば、普遍的に生ずる。

2.平安朝の宮廷女房が性的関係を、複数の男との性愛を愉しんだのは例外的で、和泉式部がその特異な例外の一人、当時は顰蹙をかった。(源氏物語は男女が複数で戯れる恋愛物語ではないのか?)

3.女に身も世もなく恋慕するのは男の恥という時代があった。

4.スタンダールは醜男だったが、美男作家の恋愛小説はおもしろくない。(美男で、もてる男ほど、女という生き物を知らないのは特定の相手と長い期間を共にしないからで、女の性がもつ微妙さ、可変性などについて学ぶことがないからだ)。

5.明治期、男色(薩摩がもちこんだ)を硬派と呼んだ。女をハントするのを「軟派する」と呼ぶことの反対語として使ったのであろう。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ