無国籍/陳天璽(チンテンジ)著

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mukokuseki

「無国籍」 陳天璽(チンテンジ/1971年横浜生まれ)著
2005年1月15日 新潮社より初版 単行本 ¥1400+税

 作者の両親は中国大陸生まれだが、内乱時に台湾に逃れ、その後に横浜中華街に移住。作者本人は横浜で生まれ育ちながらも、両親が台湾から移住したため、幼いときから「台湾こそが自分の祖国」だと思っていた。

 こういう移住者の子供は「中華民国護照」という台湾政府発行の一種の身分証明書を持っているらしいが、パスポートとして有効に働くことはなかったという。ややこしいので説明するが、「中華民国」とは台湾のことで、中国のことは「中華人民共和国」という。

 作者が両親と一緒に初めて台湾へ旅行した時、両親は現実に台湾に住んだことがあるため、戸籍の所有を表す「身分証」を持っていて、台湾に入国できたが、作者は「中華民国護照」を提示したものの入国を許されず、一人だけ日本に強制送還強されたというが、だったら、この「護照」というものが何のために存在するのか。その説明がなく、読書していて先に進めない気分に陥る。

 そのうえ、日本に帰ってきたとき、イミグレーションで再び「まさか」という事態に遭遇する。係官の「あなたは再入国許可申請」をしていず、再入国可能な期限をオーバーしている」との指摘に茫然自失。本人にとっては初めての海外旅行でもあり、そういう手続きのあることを知らなかったし、両親からもアドバイスされていなかった。また、出国するときにスタンプを押したイミグレの係員もそのような注意をしてくれなかった。

 横浜の中華街に帰る以外に選択の余地のないというより行き場のない作者は当惑するばかり、外には姉が彼女を迎えに来ている。そのとき、「あなた、ご両親と三人で台湾に行った人ですよね」という声がかかり、それが出国するときに立ち会った係員であったことが幸運を生んだ。その係員は即座に書類をチェックするなり、「出国から入国までの間に再入国許可申請をした人がいなかったから、期限延長の申請が可能だ」と言い、出国時に申請をしたように装い、入国スタンプを押してくれたというが、このあたりの展開もさっぱり理解できない。

 (もし、その係員が休みをとっていてイミグレオフィスに不在だったら、どうなったのか? もし、入国許可申請を彼女より前に他の誰かがしていたら、どうなったのか? 国内への入国が許可されないとしたら、記録上も書類上も祖国をもたないこの女性は一体どこに送還されるのか、このあたりの説明が欠けていて苛々させられる。現実に起こったことであり、きわめて稀なことでもあるのだから、きちっと説明することで書籍としての緊迫感を増すことができただろうにと思うからでもある)。

 この日以後、「台湾に帰る」という言葉にも、「日本に帰る」という言葉にも違和感をもつようになったというが、このときの体験が尋常なものでないこと、心理的にも相当のストレスとなり、トラウマのようなものにもなったであろうことは想像できる。

 その後、1972年には、日本政府が中華人民共和国との国交正常化を図り、台湾との関係を断絶したため、日本在住の華僑は中華人民共和国の国籍を選ぶしかなくなり、それが嫌ならアメリカやカナダに再移民するか、日本国籍をとるしかなくなった。

 (当時、日本政府の配慮で、帰化を申請する人々には例外的に短期間で日本国籍が与えられた)。

 このとき、父が無国籍を選んだため、家族はみな無国籍となった。国が護ってくれなくとも、国際機関が護ってくれるだろうという安易な思惑があったから。

 留学するには奨学金をもらわねばならず、そのためには国籍条項に自分の国籍を明確にする必要があって、ここでも「無国籍」が問題として立ちはだかった。

 留学中も、当然とはいえ、周囲から「Where are you from?」と訊かれ、「China」と応じても、その答えでは現実の自分を語るには何か足りないという気がしたし、「I’m from Japan」と応えれば、あたかも「I’m a Japanese」と言っているように感じられ、その返答もちょっと違うという気持ちが強くあった。「I’m Chinese, but born in Japan」と言えば正しいのかも知れないとも。

 父母が横浜の中華街で長年中華料理店を経営する一方で、娘である作者は留学したいという希望があり、そのためには奨学金が欲しいという現実がありながら、あえて「無国籍」を選んだという神経がもう一つ理解しにくい。顕示欲と自己満足がからまわりしているだけで、それが一冊の書籍をまとめるうえで邪魔になっているようにも感じられる。

 正直いって、平均的でも一般的でもない稀有の体験を披瀝しているにも拘わらず、全体的に説明不足が多い上にテンポが緩慢で、読書の継続欲を萎えさせもする。


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