悲しみを聴く石/アティーク・ラヒーミー著

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かなしみをきくいし

「悲しみを聴く石」 アティーク・ラヒーミー(Atiq Rahimi/アフガニスタン人/1962年生)著
帯広告:アフガン亡命作家による仏ゴンクール賞受賞作
訳者:仏語で書かれた本書の訳者は関口涼子
2009年10月5日 白水社より単行本初版 ¥1900+税

 裏表紙に「せまくて何もない部屋に、戦場から植物状態となって戻った男が横たわる。その傍らで、コーランの祈りを唱えながら看病を続ける妻。やがて、女は快復の兆しをみせない夫に向かって、誰にも告げたことのない罪深い秘密を語りはじめる」とあるが、本書の内容の本筋を適切な言葉で表現している。

 意識を喪失しながら呼吸だけして横たわる男がアフガニスタンらしい土地のどこかに存在する一軒の家の一室で妻に介抱されているという限定された空間に読者を押し込め、銃撃や戦車の走る音、妻のときどきみせる反応などによって室外の様子が想像されるだけという設定こそが本書の真骨頂。

 毎日の介抱にもかかわらず、一向に快復の様子をみせず、小さい眼を開けたまま呼吸だけはする夫に、妻は段々に苛立ちを覚え、意識のないことをいいことに、夫を愚痴や恨み辛みを聴いてくれる「忍耐の石」(サンゲ・サブール)と考え、口にしてはいけないことまでしゃべりはじめる。

 狭い空間で、短い言葉や表現が繰り返され、穴の開いたカーテンを通してときどき日差しが漏れてカーペットの上を這い、蝿やクモや蟻が男の顔を歩く様子などが加わって奇怪な緊張感が煽られ、言葉少なだった妻が次第に大胆に、そして多弁になる過程が一層の緊迫感を誘う。

 女の語り口からは当事者間の愛憎劇はもちろん、戦時におけるイスラム世界の男女の生き様、悲惨の匂いを含む景色からイスラム文化への推量すら可能にしている印象があり、あわせてこの種の小説は西欧にも日本にもなく、未知の才能に出遭ったという思いが色濃く胸底に残った。

 一方で、インドネシアにいたとき、ジャワのホテルに泊まると、早朝から祈りの場に誘う声やコーランを読む人の声が拡声器を伝わって聞こえてきたことも思い出した。宗教というものの面妖さが本書を通しても否応なく伝わってくる。


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