物語・イギリス人/小林章夫著

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「物語・イギリス人」 小林章夫(1949年生)著
2000年11月20日 文芸新書初版 ¥680+税

 世界に植民地を拡大した大英帝国を知らぬ人はいない。おかげで、我々は英語を学校で学ばねばならなくなった。とはいえ、この「イギリス人という民族」、その性格に関しては確たる定説というものがないように感ずる。

 階級社会という一方で歴史のなかでは(下克上を含め)上下変動もあるし、意地の悪い人が多いという中に楽天的で陽気な人もいるし、陰険な性質だという一方で「素朴で朴訥だ」という人もいる。メシはまずいという人と、それほどひどくないという人もいるが、「イギリスで最も素朴なもの、それは食い物」と言った人もいる。自国の歴史を語れないなどは恥ずべきことだといいながら、英国の歴史を語れないイギリス人もいる。キリスト教徒の国といい条、「神は不在」と考えるイギリス人が増えている。さらに、一方で、とくに最近になってからだが、仏教に帰依し、日本からもってきた禅(ぜん)を毎日行なうことによって精神のバランスをとっている人もいるという。

 そうしたあれこれが胸中に疑義を産んだのだが、そういうときに主題の本を見つけ、入手に及んだ。本書によって私のイギリス人観がすこしでも正されればという気持ちだった。

 知らなかったが、「イギリスは元々はケルト人が先住民として定着しているところに、アングロサクソン人、ローマ人、ノルマン人、ゲルマン人、デーン人、ユダヤ人と重なるように加わって」、いわば多民族国家の様相を呈しているという。紀元前に始まる多種の血統の交雑こそが、世界に名だたるシェークスピアを、国富論のアダム・スミスを、資本主義のケインズを、万有引力のニュートンを、遺伝の法則のメンデルを、蒸気機関車のワットを、海軍のネルソン提督を、進化論のダーウィンを産んだのだという納得が胸に落ちた。

 知らなかったといえば、「イギリス」というより「グレート・ブリテン」と言ったほうがいいのかも知れないが、「イングランド、スコットランド、ウエールズ、北アイルランドがそれぞれ自前の議会をもっている」らしい。これって、単に金の無駄なのでは?しかも、それぞれがイングランドに対して一物をもっているという。かならずしも、みなが仲睦まじいというものではないらしい。

 アメリカを歩きながらセールスをしていた頃、よく耳にしたのは「アイリッシュは陽気だけど、怒りっぽい」という見方だった。本書によれば、「北アイルランド人の奇怪さ」と題して、「芸術的センスの卓越性」を挙げながら、「自分勝手で、好きなこと以外は全くダメ」「知識に偏りがあり、平均的でなく、社会性という点で問題がある」などという批判もあった。

 アメリカン・イングリッシュをイギリス人は概して「品のない英語」と称し、バカにするところがあるが、ロンドンでしゃべられている英語はコックニーであり、これにスコットランド系、アイリッシュ系などが議論に入ったら、英語の解る外国人でもチンプンカンプン。

 「イギリス人に共通するのは古いもの好き、骨董好きというべきか、古ければ古いほど価値があるという頑固な評価」。そういう気質が世界の古い文化圏から掘り出し物を盗んできて英国博物館に陳列できたのではなかろうか。バリ島にいた頃に聞いた話だが、インドネシアの宗主国はオランダであるにもかかわらず、オランダが関心をもたない「ジャワ島東のウブドに存在する仏教遺跡・ボルブドゥール」が長年ムラピという火山の爆発で埋まってしまっているという情報に接したイギリス人がオランダ政府から許可をもらって中に入り、遺跡の埋もれた場所を苦労して探し当てたというのは事実だが、それを知ってもオランダは発掘に手を下すことなく終戦となり、結局、相当の時間を経て、ユニセフの力を得て修復したと聞く。この一事をとっても、イギリス人の古いものへの愛着を感ずる。

 本書によって「南アにおけるポーア戦争」について初めて知った。南アは元々オランダの植民地で、「当時、3万5千人ほどのオランダ人の血を引く人々が南アの先住民とともに住んでいたことは知っていたが、その折りイギリスが戦争を仕掛け、現地に50万人もの兵士を送り込んだものの、連戦連敗に終始したというものだった」。おそらく、イギリスは南アのダイアモンドが欲しかったのだろう。ダイヤといえば、インドで発掘されたダイヤは現在イギリス皇室の所有になっているのではなかったか?世界一という「ホープダイヤ」は数々呪い話しを残しつつ、現在はアメリカのスミソニアン博物館にディスプレイされている。

 本書では「イギリス人の特質の一つとして、物事を調整する能力に優れている」点を挙げているが、中近東にせよ、東アジアにせよ、フランスとともに植民地化した地域の国境線を共同で決めたものの、単純な縦横の線で決めてしまい、それぞれの土地に居住する民族や文化に対する配慮などはなかった。マレーシアなどは国が南シナ海を挟んで東西に分断されてしまっている。

 ユーモアというべきか、ウィットというべきか、ブラックジョークというべきかは知らないが、なかに、「きれいなバラにはトゲがある」という言葉に対し、「きれいでないバラにもトゲはある」と即座に返したところがイギリス人の真骨頂だという。私がむかしアメリカ人から聞いたジョークは、「イギリス人はトイレに座っているときでも、国歌がなり始めたら、自動的に立ち上がってしまう」というものだった。

 意外なことだが、イギリス人には英語以外はしゃべれないという自覚があるため、外国人恐怖症、嫌悪感がある。そういう時代に、トーマス・クック&サン社が旅行代理店を通じて、船舶によるもの、鉄道によるもの、と色々なパック旅行を提供、パックツアならば添乗員もいて訪問先がどこであろうと安全だし不安もないしということでよく売れた。

 この後、アメリカからはアメリカン・エクスプレスが似たようなことをやり、船舶が利用されるツアーのとき、私自身、長崎港、神戸港、横浜港に行ってケアした経験がある。

 「イギリスに行って気軽に声をかけてくる人は移民者か、それもラテン系の人に限られ、普通のイギリス人ではない」一般的なイギリス人はシャイで、ひかえめだという。イギリス女性は一見「厳格な家庭教師」といったイメージだが、彼女らは「上品で、知性の高いこと」を美貌よりも評価するという。

 「植民地対応に関し、スペインが残酷、強圧的、殺戮や略奪を繰り返したのに比べ、イギリス人は巧妙だった。平和的な手段で支配の構造をつくりあげた。」とあるが、アメリカでは先住民であるインディアンをほとんど皆殺しにしたし、オーストラリア、ニュージーランド、タスマニアでも、相当の数の原住民が殺されている。しかも、スペインが暴れたのはブラジル、フィリピン、グァム、アメリカくらいだが、イギリスが支配した地域はスペインの比ではない。インドでだって、かなり乱暴なことをやったであろうし、中国人を阿片漬けにするために、インド人に阿片栽培させたことも殺人行為に匹敵する。

 さらに、言わせてもらえば、ダブリンを首都とするアイルランドに対するイギリスの長い歴史的な横暴、あれはいったい何なのか?日本の過去の汚点ともいうべき「朝鮮半島への侵略行為」と比較して、どちらがより多くの批判に値するか?

 最後に一言、「おもしろかった」。12年前に書かれた内容ではあるが、イギリス人を語る内容を損なってはいない。ただ、日本人がバブルを経験し、経済不況のただなかで自然災害に遭遇して以来、人間性が変貌しつつあるように、イギリス人だっていつどう変貌するか、誰にもわかるまい。ただ、かれらがユーロ圏に入らなかったのは先見の明としか言いようがない。


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