文明の自殺/黄文雄著(その2)

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ぶんめいのじさつ

「文明の自殺」 黄文雄(1938年台湾生まれ)著
副題:逃れられない中国の宿命
集英社刊 2007年5月31日 単行本初版

(書評その2)

 書評その1はこちら

 「中国に蔓延する八毒とは(1)陥(おとしい)れる、(2)ごまかす、(3)誘拐する、(4)騙す、(5)偽物をつくる、(6)中身を偽る、(7)なりすます」

 「明治時代に、武士道を書いた新渡戸稲造は中国人は嘘をつくことを恥とは思わぬ厚顔無恥な民族と形容した」 誠実と信用という言葉は中国の辞書にはないのではないかと思うのと同時に、現今の日本社会に中国の八毒と似た現象が頻発することにも忸怩(じくじ)たるものを感じる。

 「黄河流域、長江流域、いずれにもかつて森林が存在したが、万里の長城を築くときの青銅や鉄器の製造に大量の木材が伐採されて使われた。中国人が日本人と違うところは、伐採はしても、植林の智恵をもたなかったことだ」

 (1990年代、日本の植物生態学者、山脇が中国政府に請われ、万里の長城沿いに3千人近いボランティアの協力を得ながら、40万本の幼木を植樹している)。

 「中国人が一人死ぬと、5平方メートルの耕地が墓に使われる。山東省では毎年64万人が死んで、1988年には370万平方メートルの墓地ができた。まるで、死んだ人間と生きている人間とが競争して森林の消失に加担しているかに映る。北京周辺でも、1949年から15年間に213ヘクタールもの肥沃な畑が墓地に変貌し、これが砂漠化現象を昂進している」

 (みずから己の首を絞めている人類の代表。だいたい、墓などというものはもののサイズに拘わらず、人類が考え付いた壮大な無駄である。世の中に、神も仏もいないし、人間に前世や後世などというものもないし、人間に魂などというものもない。すべては生きている人間の小心さと欲と自意識に根がある)。

 「鄧小平による改革開放への道が開かれたことによって、経済成長が達成され、おかげで、中国はソ連、東欧の崩壊による連鎖的体制崩壊の危機を切り抜けることはできた」

 「経済的発展とともに、中国社会が自然との関係のなかで立ち向かわざるを得ないリスクは、工業廃水、汚水の垂れ流しによる河川、海洋の水質汚染、大量の農薬を散布した結果の大地汚染、大気汚染、工業廃棄物やゴミの排出など、きわめて深刻な問題になっている。砂漠化、草原と森林の喪失、表土の流出、大河の洪水、河川と湖沼の汚染、飲料水の汚濁、水資源とエネルギー資源の枯渇といった現象の拡大。大気、河川、海洋の汚染は国境を越え、世界のゴミ発生源、地球環境の汚染源となりつつある。中国人は伝統的に衛生観念、環境意識の低すぎる国民で、こうしたことに有効な措置をとる智恵に欠けている」

 (中国政府は京都議定書に関し、公害問題を含め、最近になって日本政府に助言を求めている)。

 「人口と資源、欲望と道徳のバランスが崩れたとき、文化、文明の危機、国家、民族の危機が現出する。中国には国民の知識、智恵、良心、政治的自由などの無形資源が伴っていない」

 「現在では、医療の不整備が原因で、偽の薬が大量に出回って、こうした数々の原因による汚染が中国各地で原因不明の奇病や性病、奇病を大発生させ、多くの身体障害者(多くは身体の一部欠損)の異常発生も激増。また、ミネラル不足が脳の発育不全を惹起、多数の知的障害者も出生している。これら身障者はすでに4億人を越えているという説もあり、真実だとしたら、民族の危機は加速度的に進んでいるといわざるを得ない。ほかに、農薬をふんだんに使って栽培された野菜をはじめとする農業製品も原因となっている」

 (「まさか!」という話だが、金を持っている中国人は日本の森林地帯、清水の湧出のある地域をすでに相当買っている。つまり、金のためなら中国人にまで土地を売るウスラバカがこの日本に存在するということだ)。

 「中国の人民病院は全国60%の県に存在するが、国際レベルに比べ、その設備は30年から40年ほど遅れており、農村部の中国人はその病院にさえ行くことができない」

 「中国国内の食物中毒者はここ数年来で年間平均2千万人、うち30万人以上が死亡している。消費者の健康より金儲けを重視する中国人には、死肉に汚水を注入して重量を水増しし、販売するなど珍しくない。当局がいくら摘発を行なっても、これを止めることができずにいる」。

 (金銭至上主義が市場での流通を仕切っている以上、悪行に歯止めの効かない性格の中国人に身を慎めなどといっても、それ自体無駄)。

 (ここまでくると、中国人を人間として考えることができない。まともな誠意や良心や節度をもつ生き物ではなく、人間としての精神自体が汚染された民族というしかない)。

 (中国がここまで経済成長できたのは、中国製品が安価な労働力によって安価に製造できたからで、このようなアンバランスで特定の層に過重労働を課す手法は永続するわけがなく、安価な製品、食料品のなかに毒入りや偽装が発見され、すでに日本人の多くが中国産品の入手に逡巡している。ために、今度は日本の良心を失った企業が中国産を国産と偽って日本国内で販売するという悪辣が警察によって摘発されてもいる。中国産品ボイコットはおそらく欧米の消費者にも日本人と共通する疑惑、恐怖が芽生えつつあるのではないか。とすれば、これまで可能だった経済成長率に陰りが見えてくるのも、そう遠い将来のことではないだろう)。

 「現在の中国の人口は政府発表で13億6百万、改革開発委員会の推定では15億2千万~15億3千万」後者のほうが当たっているだろう。食物中毒や産業廃棄物で死者が多数出ていても、人口は一向に減らない」。

 「中国全国の200の都市はゴミの山に包囲されている。大気汚染、酸性雨汚染、都市用水汚染、生ゴミ汚染、産業廃棄物、重金属、化学物質、農薬汚染、水質汚染、糞尿汚染でできた山である」

 (汚染が近隣諸国に影響するのも近未来のこと)。

 「中国人の特質は過剰な誇りと、自己過信、昔からの中華思想が抜けずにいること。にも拘わらず、一方で、最も大きな問題は、独裁政治から一気に民主政治に移行することは中国に限って、それは不可能に近いことだ。中国歴代のリーダーらも、民主制は中国の風土に合わないとくりかえし強調している。それは中国人民自身が奴隷になりたがる民族性を持っているからだ」

 (言っていることがよく解らない)。

 「社会主義体制と、市場の開放、金融のグローバリズムとの一体化が一つの国家で維持されているが、この状態がいつまで続くか保証はない。社会主義体制が徐々に有名無実となり、資本主義化への道を進んでいることは、経済の実態、社会の実態を見るかぎり、否定できない」

 (資本主義が投資を、そして投機を生み、非生産的な手段で膨大な収入を手にするアメリカ式社会を意味するのなら、資本主義というも、これが必ずしも最高の社会形態ではなかろう)。

 「党の国家指導者が過去の何千万という国民虐殺の責任をとろうとせず、政権支配のほかは眼中にないという無責任体質の巨大集団であれば、国民もまた無責任に金儲けのために手段を選ばず、国内外を問わず、他人の生命を危険に陥れることに良心の呵責を覚えなくなるのも道理である」

 「中国に監獄は4020箇所ある、収容犯罪者は224万6千人で、いずこも超満員」

 「西欧が多元的価値観を人類至高のものとするのに対し、中国は一元的であり、ここに中国が近代国民国家の国づくり、近代的西洋の価値観体系を受容できない根本的かつ体質的な理由がある」

 (西欧が多元的な価値観に達し得たのは植民地争脱線でさんざん多文化、他民族を殺した経験を踏んだからであろう)。

 「清の時代、中国人学生が日本の早稲田大学に62人留学したことがある。その折り、名簿の国籍欄に『支那』と書いたのが18人、『清国』と書いたのが12人、『中華』あるいは『中国』と書いたのが7人、あとの25人は無記名だった。こうした事実は、中国人には自分が何人なのか不明だったということより、中国人には国家という概念が欠落していたことを表すもので、20世紀に入って以降、西欧との衝突を通して、中華世界が近代国際法秩序の体系に編入されてきた歴史を感じることができる」

 「中華人民共和国になるまで、トップの座は過去にあった大総統、大元帥、党主席、総書記などと変化はしたものの、本質的には一君万民制に基づく『皇帝』と変わりはない。つまり、中国という国は皇帝が存在しないと治まらない国なのだ」(だから、北朝鮮を守護するし、仲良くもする?)

 「先進諸国では多元的な世界を許容する寛容性があり、十人十色の個性が尊重されるため民主主義が有効に機能する(ように漸くなった)。中国には個々の人間の異質性を認めるどころか、民族の異質性すら認めることはない。とすれば、当然の結果として、思想の硬直化した文化は異彩を放つことがなくなる。個人個人への自由、意見の異質を尊重しない思想は没落の象徴であり、中国人の悲劇であり、歴史の死への行進である」

 (現行、被害を受けているチベットやウィグルの民族などは、そのアイデンティティまで無視されている)。

 「中国人は礼敬の国、礼儀の国と自己認識し、夷国(外国)に対する忌避、嫌悪の感情は倫理的、礼教的、文化主義的なものである」

 (中国人のどこに礼節があり、どこに倫理を尊ぶ姿勢があるのか、信じられない自己認識だが、この長い歴史をもつ国には、冊封と朝貢という関係でしか外国との関係を考えなかった過程があり、周辺国を常に上から目線で見てきた歴史があった。さらに、著者によれば、「一度でも冊封を受けた国(ベトナム、台湾、琉球、韓国、モンゴルなど)は自国の領土だとする考えが根強くある」という。

 「中国のインターネット世代は日本人を『倭寇』と罵詈し、地球上から大和民族を抹殺することこそ、中国人の天命だ」と訴えている。明の時代に、中国沿岸を襲い犯した倭寇の大半は中国人自身であって、明が鎖国に踏み切り、外国との接触を禁止したことに原因があった。倭寇を抹殺したければ、中国人自身を抹殺したらいい。

 「中国国内で100万人以上の人口をもつ少数民族は、チワン族、満州族、回族、ミャオ族、イ族、ウィグル族、モンゴル族、チベット族、朝鮮族、ヤオ族、プイ族、トン族、白族、リ族、ハニ族、カザフ族、タイ族、土家族など180の民族」

 中国の近代史が細々と説明されているが、本書の内容が求める「文明の自殺」を語る上で、是非を問わず必要な部分とは思えない。

 書評は「その3」に続く。


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