監察医の涙/上野正彦著

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監察医の涙

「監察医の涙」
上野正彦(1929年生/東京都監察医務院監察医院長)著
2010年6月12日 ポプラ社より新書版初版
¥1200+税

 著者は過去に「死体は語る」で監察医としての名声を一躍世に挙げ、すっかり有名になった人物、真摯な語り口からも氏のまっとうな性格が匂ってくる。

 「死体は語る」にも書いてあったように思うが、「自分が扱う死体は丹念に見ていくと、自分はこういう状況で死んだのだと語りだす。生きている人間と違うのは、自らはしゃべらないことで、したがっては嘘をつかないことだ」という下りはさすが体験を積んだ監察医の目も表現も鋭いというほかはない。

 著者は本書のなかで母親の子に対する愛情を強調するが、それは社会現状に著しい親子間の愛の断絶が数々の事件で見受けられるからであろう。著者は頻繁に「母親は本能的に子供を守る」と、記しているが、残念なことに、最近では、母親が子を虐待したり殺したりする事件が頻発している。

 話のなかに、アメリカに仕事で赴任した家族のことが出てくる。夫は英語ができるから、英語のできない妻の精神的な疎外感を理解せず、上手な英語を駆使して現地に浮気相手までつくってしまう。妻は半狂乱に陥り、子供を道連れに自殺をはかった。が、この子供を道連れにした心中事件がアメリカ社会では理解されず、弁護に当たった担当弁護士が著者に意見を求めてきたという。

 (心中事件は世界広しといえども、日本と韓国くらいにしかない事件で、両国に共通する心理は「子供は親の所有物」という抜きがたい頑迷な感覚であり、世界のほとんどは「子供は別の人格」という考えで統一されている。心中がテーマとなった映画がアメリカで作成されたこともある。主人公の母親役はドラマで刑事役をやった藤田誠さんの彼女役のバーのママ、高橋恵子さんで、黒い喪服がよく似合っていたが、アメリカ人の陪審員の理解は得られなかったと記憶している。日本なら、江戸時代から歌舞伎の演目にも心中物は多く扱われ、聴衆者を泣かせるのが目的のような舞台だった)。

 著者は、「最近の子供たちはスーパーマンが好きなくせに、大勢で弱いものいじめをする。それが卑怯なやり口であるという認識がない」と強調。

 (核家族化が進み、祖父母と会う機会が減り、子供自体の数が少なく、家庭が社会性を育む場であったのは過去のこととなり、そのうえ、親が学校の教育問題に関し、必要以上のクレームを持ち込む。教師は教師で日教組の指示にしたがい、国旗掲揚はせず、国歌斉唱もしない。びしっとしたルールが学校にないも同然であり、示しがつかないのも当たり前だ)。

 本書には一貫して著者の人柄の良さがにじみ出ている。


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