アマゾン河/神田錬蔵著

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アマゾン川

「アマゾン河」 神田錬蔵(かんだとうぞう/1924年生/医師)著
副題:密林文化のなかの七年間
1963年3月5日 中央公論社より新書初版
¥560+税

 本書は1954年から7年間にわたって医療活動に挺身した著者の、アマゾン河を舞台にした実体験をありのままに記述したものだが、日本人が大挙して中南米に移民した貧しかった時代を背景としている。本書に語られている実情が、したがっては、現在でも同じであるとは限らないが、著者が滞在中に遭遇した現実であったことは疑いようがない。

 著者は永住を決意してブラジルに渡ったのだが、その目的は熱帯地特有の病気の実態とあわせ、病原菌の研究を行なうことにあり、現地での巡回診察を必然とした。本書の表紙裏には、「アマゾン河流域は数々の風土病があり、毒をもつ爬虫類、昆虫類が多生し、皮膚を食いやぶって肉にくらいつくドジョウやピラニアのほか、大水蛇が生息する一方、現地人は治療代に馬一頭を代替とし、釣りは鶏一羽で返すなどという冗談みたいなことが起こる」とあり、読書欲を刺激される。

 アマゾン河はアンデス山脈の険阻な山塊からの雪解け水が、なだらかなブラジル高原やアマゾン平原に降った雨水のみならず、ベネズエラやギアナ高地からの水、ときにはスコールも一緒になり、支流を集めながら、清水も濁水も含め、大平原の中央、赤道直下を西から東に向かい渦巻き、淀(よど)みながら流れている。

 作者は移民船に乗り、アマゾン河の河口、べレンに到着、ここから現地での生活と医師としての活動が始まる。作者が目撃したすさまじい経験を幾つか紹介する。

 「水上生活をしているとき、馬の苦しげな鳴き声と激しい水しぶきの音に気づき、現場に急行すると、馬が倒れてもがいている。見ると、太い大木のような胴をしたスクリジュー(現地語で水蛇のことだが、アナコンダだと思われる)が馬の腹を二重、三重に巻き、頭から尾に向かって締め上げている。馬の脚も蛇の胴に巻き込まれて見えなくなったとたん、メリメリという音がした。馬の体がぐったりし、絶命したように思われると、大蛇は馬の首筋をくわえていた口の顎関節をみずから外して拡げ、馬の頭部からすっぽり呑みこみはじめた。巻いていた胴はゆるんで、横に伸び、呑みやすいように馬の体から離れた。

 頭部から胴まで馬体を半分まで呑み込んでいる蛇の様子はまるで死んだ馬を袋のなかに詰め込んでいるよう。蛇は20メートルほどの巨大な体躯。土地の人間が集まってくると、蛇は身の危険を感じたか、呑んでいた馬を吐きだして、河のなかに逃げたが、馬の鼻、頭の毛はすでに溶け、眼球は白く濁り、周囲が赤く剥げている。肋骨や肩、背骨はめちゃめちゃに折れて、コンニャク状態、脚の骨もこなごなだった」。

 上記の文章からは、想像で書いたものでないことが如実に伝わってくる。

 「女性に多いのが象皮病、男性に多いのが陰嚢水腫。脚に潰瘍ができ、赤く腫れあがって、象皮のように固く太くなり、膿が出て腐臭を放つのが象皮病。睾丸がスイカほどの大きさに膨れあがるのが陰嚢水腫、いずれもべレンのような海岸近くに多い病気で、そういう地域の人口のうち13.6%が羅患している」

 「蛆(うじ)が耳の孔に卵を産みつけ、多数の蛆が外耳から鼓膜を破り、中耳まで達している男性がいて、耳の奥から蛆の音がする。ピンセットで一匹ずつ摘んでは取ってみたが、取っても取っても取りきれず、男があまりに痛がるので、クロロホルムをしみらせた綿で耳を覆ってしばらくすると、音がやみ、蛆が死んだことが判明、あらためて蛆の死骸を一匹ずつ取っては棄てたが、耳は聴覚を完全に失っていた」。

 「喉が痛いと訴えてきた婦人の口のなかを覗いてみたら、ヒルが喉の奥に張りついている。聞いてみると、川の水を呑んだら、喉が痛みだしたという」

 「弱って動けない牛がいると、首の上半分の禿げた黒い鳥が集まってきて、牛の肛門をほじり、内臓を引き出して食いはじめた」

 上記したような話は作者が目撃した驚愕の場面を抜書きしたものだが、本書が訴えたい本筋からは若干ずれているものの、ノンフィクションとしては稀有の内容で、飽きがこない。

 本書では現地の医療体制の貧弱さから、人々の死活がほんのちょっとした運不運で決まってしまうという後進性を浮き彫りにしており、作者はしばしば私財を投げ打って医療品を入手し、現地人や現地に入植した日系人のために尽くした。ところが、7年の歳月が経ったとき、新しい政権から疑いがかけられ、ために永住希望を棄てて帰国せざるを得なくなったのは、本人よりも、現地にとって大きな損失だったはずだ。

 読者としては、医療活動でアマゾン河の奥地にまで足を延ばした実績やそれぞれの地域での医療活動も魅力的な話だったが、動物のこと、病状に関する記述により興味を惹かれた。

 「砂バエという蝿(30種以上存在)がいて、これが恐ろしい。体に粗毛が生え、背の曲がった黒い虫、動物の血を吸って生きる。これに刺されると、粘膜や皮膚がやられ、顔面、とくに鼻や眼や口の周りが多いが、水疱ができ、潰瘍になり浸潤性に拡がる。ペニシリン軟膏も効果なく、鼻膜が侵蝕され、鼻翼がなくなり、鼻中隔も落ち、鼻の孔は上向きに引きつる。ブラジルに移民した日本人にもこれにやられ、日本に帰った人がいる」

 「コウモリに狂犬病をもっている種がいる」

 信じられないような話や体験が綴られ、半世紀以上前の実態とは判っていても、だからこそ内容には惹きつけるものがふんだんにある。

 さらには、著者がこの地を踏んだときと現在とで、どれほど事情に変化があったかにも想像を刺激された。これだけ面白い本には滅多にお目にかかれない。


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