パリが沈んだ日/佐川美加著

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パリが沈んだ日

「パリが沈んだ日」 副題:セーヌ川の洪水史
佐川美加(1960年生/日仏図書館情報学会会員)著
帯広告:紀元前以来くりかえされてきたパリの洪水、もう一つのパリ史
2009年11月5日 白水社より単行本初版 ¥2400+税

 あのパリが紀元前から長期にわたって冬になると洪水に見舞われ続けた歴史について知らなかったため、本書のタイトルを見たときは、「パリが過去に一度だけ大洪水に襲われたことがあるのだろう」と短絡した。

 セーヌ川流域は「西岸海洋性」という気候帯にあり、降水量が冬に多く、ために水源地からの雪解けの水と重なると、洪水の被害も半端ではなかったという。しかも、近代に入ってインフラが整備されると、それに伴って洪水も都市型に変化したという歴史にもなるほどと思わされる。

 「セーヌ川には全部で37本の橋が架かっている。最古の橋はシテ島の西端にあるポン・ヌフで1607年の完成、最新の橋は2006年に完成したシモーヌ・ド・ボーヴォワール橋」だが、パリにはかつて橋の上、左右に家を建てる習慣があったらしい。

 「東京と違い、パリは電信柱が街中にないことが街の美観に寄与しているが、いったん洪水が起きると、地下室にある配電盤が水びたしになって故障し、電気が使えなくなる」。

 本書を読んで面白いと思ったのは、西暦451年にフン族の西進があったとき、フランスの女性、ジュヌヴィエーヴが襲撃を恐れて逃げようとする人々を説得、「フン族がパリにまで来ることはあり得ないし、来れば抗戦すればいい」と呼びかけ、結果は、彼女の予言通り、フン族はパリまでは来ずに引き上げ、町は救われた。さらに、19年後の470年、フランク族が町を攻囲したとき、彼女はセーヌ川を200キロも遡って、シテ島に篭城していた人々に食料を届け、後日、彼女は聖人に列せられ、今も彼女の棺と像がサンニテティエンヌ・デュ・モン教会に安置されているという。

 この女性に比べ、後世に生まれ、イギリスとの百年戦争に終止符を打ったジャンヌ・ダルクが教会によって処刑された歴史には、フランス人の思考や判断の基準がどこにあったのか不可解な気持ちになる。

 「ローマ帝国のカエサルの活躍が紀元前の「ガリア戦記」に残っているが、現在のフランス一帯をガリアと呼び、パリ市が在る地域をルテキアと呼んだ。ルテキアには前世紀からパリシイ族が住んでいて、この民族名がパリの語源となった」。

 そのほか、面白いと思ったのは、「パリのオペラ座の下には人口の地底湖があり、洪水時に取水効果をもつが、現在では、ある程度の水が地下に貯まると自動的にポンプが作動し、水を抜くシステムが完備している」こと、そして「エッフェル塔の四本の脚の下は油圧式ポンプによる水平維持装置がつけられている」ことだ。

 パリが毎年のように襲われた洪水について、その被害、対応、対策についてなど時系列を追って、本書は図面や写真で援用しつつ詳細に述べているが、1910年1月3日から洪水の兆しをみせはじめた「世紀の大洪水」について以下のように書いている。パリはこのときまでに5回の万国博を成功させていた。

*電気がストップし、電話による連絡ができなくなったことが原因で、予報官が正確な予報を出せず、市民にも、消防署にも、警察にも、政治家にも安易な予測をさせたことが対応を遅らせた。

*電気、ガスが供給されなくなると、路面電車が止まり、セーヌ川が溢れてくると、川の航行もできず、市民の出すゴミ処理の場所が失われ、大量のゴミがセーヌ川に投棄され、それが川の橋脚に引っかかった。街の路地や道路は水の都ヴェネチアのようになり、オルセール駅構内は水深1メートルに、リヨン駅周囲は水で覆われ孤島と化し、いずれも閉鎖された。

*気温は氷点下となり、道路を覆っていた水が凍りはじめた。1階から出られず2階に閉じこめられた人が2万人を越え、小船が行き来して、食料を配布。

*70の学校が閉鎖され、セーヌ川に関係する仕事の従事者は失業状態に陥った。

*川へのゴミ投棄が続き、排泄物の投棄も開始され、汚水が2万2千箇所を超える地下室に流れ込み、猩紅熱(しょうこうねつ)とチフスの患者が出た。

*地下鉄が工事中だったため、溢れて行き場を失った水は工事用の穴に流れこみ、地下鉄の線路に充満、下からの水圧で道路の陥没が各地で続出。

*1月3日に始まった洪水は1月29には水位を下げはじめたが、死者は郵便の配達者が一人だけで、パリ郊外や外国からの援助もあり、餓死者は出なかった。

 同じ西欧でも、イタリアやトルコなどは火山があり、地震や噴火による被害が壊滅的な自然災害をもたらした歴史は知っていたが、パリがセーヌ川の氾濫に紀元前から苦悩していたとは驚くほかはなかった。 

 パリが世紀の洪水に見舞われたのと同じ、1910年の出来事として、日本の関東を流れる「坂東太郎」こと利根川が氾濫、水害史上最大級の被害をもたらしたことを本書は伝えている。梅雨前線と二つの台風が重なったことが要因となり、堤防があちこちで決壊、死者769人、行方不明者78人、家屋全壊2121戸、家屋流出2796戸を記録したとある。

 以下は2010年3月1日の追記:

 2010年2月下旬、南米チリーでマグニチュード8.8の地震があったが、欧州西部では暴風雨があり、50人以上が死亡、45人以上がフランスで死亡との報道があった。


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One Response to “パリが沈んだ日/佐川美加著”

  1. tutti より:

    この本は読んだことないのですが、以前「PARIS2010」って言う映画でもし今100年前のような洪水が起こったらどうなるかっていうのを映像化したのを観ました。
    ヒストリーチャンネルのようなドキュメント風の映像でシミュレートされていてリアルだったような気がします。
    この本も興味あるのでいずれ読んでみたいと思います。

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