地球はグラスのふちを回る/開高健著

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地球はグラスのふちを回る

「地球はグラスのふちを回る」
開高健(1930-1989)著
1965年11月  新潮社より初版
2006年まで31回の重刷

 本書は端的にいって、グルメとしての飲み食いの話、趣味の釣りの話をまとめたもので、そういうことに興味のない人には尽まらない内容。

 すでに時代が違うと言ってしまえば、その通りなのだが、第一に中国の食事をこれほど褒め讃える人はもういないこと、また中国の酒屋で5つ星のブランデーを買ってきて部屋で大江健三郎と飲んだはいいが、二人とも時を置かず、洗面台で吐いた話こそ、まさに現代に通じ、こういうまがいものが西暦21世紀に入って全世界に出回ることになるとはさすがの作者にも読めなかったのであろう。彼が中国に描いていた夢、憧憬、尊敬の念は儚くも散ってしまっている。

 「日本を離れ外遊する(言葉が大袈裟だが)と、その影響は食い物の違いからまず便が変容、変質することで納得する」という話は、旅先や体質によっても異なるのではないかと、私は思うが、面白い見方だと思う。

 むかし、アブサンという欧州のアルコールが世界で最も強い酒だという理解をしていたが、当時、すでに販売が禁止されているとは知らなかった。理由はニガヨモギのエッセンスを酒精で絞り出すもので、それが曲者で、飲みすぎると脳を冒され、性不能となり、発狂する。人によっては死に至るからだという。

 作者はブルガリアのソフィアで、土地の人が「紳士の乳」と呼ぶ真性のアブサンを飲む機会を得、幸運だったと漏らしている。とはいえ、作者は沖縄県、与那国島の花酒(50度以上、個人家庭では70度もある)を知らなかったと思われる。

 ルーマニア人によると、「ハンガリーに美女はいないが、ハンガリーの歯ならびの悪い女は激しく、ベッドを共にするには最高だ」という。また、「ポーランドはいちばんの美人国、バルカン半島ではルーマニアの女性」を挙げる。現在、私の耳に入ってくる美人国は旧ソ連邦に入るベラルーシュ、リトアニア、エストニア、ラトビアといった歴史的に人種が混交した国。ひょっとしたら、テニスのアイドルになっているシャラポアではないが、ロシア系の血が少し入りながらも、その野卑さを異なる血が抑制し、美形を育む土台になっているのかも知れない。

 ウィーンはドイツに負けないほどに、森が濃く、深い。大きな老木が何百、何千と生い茂っているとは初耳。

 作者がパリを好む理由として、「酒、料理、女、明晰さ、寛容さ、個人主義の徹底、知的アナキズムの匂いに溢れた、ピチピチした会話、深く隠された誠実さ」を挙げているが、同時に「ときに、どうにも我慢できぬ醜悪さと腐臭が胸もとにこみあげてくる」というのも、パリをよく知っている人間としての微妙な意見といっていいだろう。

 一方、「ロンドンは貧しいくせに傲慢で、どこもかしこも煤(すす)け古ボケて、濡れ、鈍くて、重く、意地が悪い」と感ずるが、同行のサントリーの社長、佐治敬三は「イギリスは重厚、誠実、頑強、現実主義の鍛えぬいた知恵、背骨の硬さ、抑えた迫力、静謐(せいひつ)」などと藤原正彦氏(「国家の品格」の著者)のようなことを言う。

 「ロンドン市場に行ったが、売り手のしゃべる英語がまったく解からなかった」というが、ニューヨークの市場に言ったら、もっとわからないだろう。ニューヨークには移民が多く、英語をしゃべれない人が多く住んでいるという事実があるからだ。ロンドンの下町で話されているのはあくまで英語であり、ただ、昔の江戸っ子のような、癖の強い、いわゆる「コニーズイングリッシュ」をしゃべるからではないか。

 作者は中国の食について縷々書いているが、私が個人的に最も驚愕した話は、インドネシアにいたときに中国人から聞いた話。

 「中国が一人っ子政策をとっていた間、女の子と判った段階で堕胎がなされたり、生まれてから窒息死させたりした例が多い、また幸運にも生まれることができても女の子の場合は登録されされなかったため、未だに国民の人口数が不確か。そういう時代、香港の料理店は中国本土の病院と契約したり、ウェイトリスティングに載せてもらって、胎児や、生まれたての赤子を買い、それを店に持ち帰り、食材にしたという。羊にも子羊、牛にも子牛、鶏にも若鶏、卵にも形をなしただけでまだ殻を破って出てこない状態の時があり(フィリピン)、そういうメニューは価格も高いが、最も美味であるとは古来いわれている。中国人はそういう状態の人間を「一人っ子政策」の裏舞台を利用して食材とし、最高の美味に舌鼓を打ったというが、私自身が経験したことではないので、あり得るとの思いはあるが、信憑性についてはあえて保証はしない。

 中国には子鼠を何十匹も酒のなかに入れたり、何匹もの毒蛇を入れたりは、日常茶飯事にあり、彼らが食に対して貪欲であることは否定しない。なにせ、世界から非難を浴びて現在は禁止されているというが、生きた猿の脳をノコギリで切断し、脳みそを食べるというのがつい最近まで現実にあった国である。また、毒蛇をアルコールに漬ける中国式手法は琉球にも伝わりハブを酒に入れるし、日本本土でもマムシを酒に入れ、強壮剤として昔から利用されてきた。

 現在、振り返ると、海外の酒、ウィスキー、バーボン、ブランデー、カナディアン・ウィスキーなどの原料や味への評価が日本は不愉快ながらかなり遅かった。バカの一つ覚えというべきか、金持ちも貧乏人も、誰もが、海外に出ると、免税店で「ジョ二ー黒」を3本に外国煙草を2カートン買って帰国したものだ。私は他業者や他添乗員に先がけて、イギリス産のウィスキーなら「ジョ二黒」ではなく「シーバス・リーガル」を、アメリカ産バーボン(トウモロコシが原料)なら「ワイルド・ターキー」(ジャック・ダニエルは芳香が強すぎて不味いから)を、カナディアン・ウィスキーのライ麦を原料としたものなら「キャナディアン・クラブ」「クラウン・ロイヤル」を、ブランデーならフランスの地名から名づけられた「コニャック」か「アルマニャック」を奨めた。

 当時、ジョ二黒はあまりにも日本人が購入するために、それまで定番だった10年ものが払底し、いわゆるジョ二黒としての評価に値する味ではなかった。

 味には「贅味」「魔味」「常味」「げて」とあるなどという表現には、「病膏盲」(やまいこうもう)という言葉が浮かんだほどだ。

 シガーについてはあまりよくは知らなかったようで、高級レストランであれば、銘柄を注文すれば、当時、欧州でも、米国でも、日本でも高級レストランであれば、出てきたはずである。ただ、現今は、どのレストランもシガーどころか、巻き煙草も出さないだろうが。

 日本人が好きで旅する「ロマンチック街道」は現地の人からは噴飯ものらしい。

 ベルギーはチョコレート(ショコラ)はいいが、女は、オランダ、スイスと並んで、ブス大国という。

 本書は書かれた年が年だけに、内容や分野によっては、中途半端で、徹底を欠いている部分が目立ち、本人の趣味嗜好を存分に書きたいだけ書いたという印象が強い。こうした癖や灰汁の強さを私は嫌いではない。


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