利己的な遺伝子/リチャード・ドーキンス著

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利己的な遺伝子

「利己的な遺伝子」 リチャード・ドーキンス(Richard Dawkins/1941年生/イギリス人)著
原題:The Selfish Gene
訳者:日高敏隆、羽田節子、岸由二、垂水雄
紀伊国屋書店 単行本 2006年5月初版

 本書は30年前に書かれたもので、当時生物学界、生物生態学界のエソロジストたちにセンセーションを巻き起こし、西洋の各国語に翻訳されたが、結果として、多くの誤解と批判を浴びもした。

 今回、30周年を記念して再版された本文中で作者は「撤回したり、修正したりする部分はない」と明言しているが、「補遺」として全508ページのうち91ページを充て、それら誤解や反駁に対応せざるを得なかったのは、偏に、本書が同作者の「神は妄想である」(2007年11月29日書評)と比較し、直截的な解り易い文体でなく、多すぎるほどの動物の類例を、比喩を使ってまで説明し、且つ、回りくどく、もってまわった言い回しが多発、かえって読み手を混沌に陥れてしまっている感が拭えない。ために、私は本書を読了するまで6日もかかってしまった。

 つい最近、立花隆の「エコロジー的思考のすすめ」(2008年2月23日書評)を読んだばかりだったこともあり、さらには本書の帯広告に「生物界を操る利己的遺伝子の真相に迫る世界を震撼させた、天才的生物学者の洞察」とあり、「分野を超えて多大な影響を及ぼし続ける世界的ロングセラー」で「この重要な本はこれ以上まずありえないほど面白い」とあったことも、私をして本書を入手に至らせた理由だったが、正直思うことは、本書が世界的ロングセラーだとすれば、それは原書にしろ、他の国語に翻訳された文章が、少なくとも日本語に翻訳された本書よりも、読者を飽きさせない巧みさがあったのではないかと推量せざるを得ない。むろん、比喩や例え話が読者の理解を援けているケースが全くないとは思っていない。

 さらに、ダーウィンの「進化論」、「自然淘汰」を正しく認識し、その理論に基づいた「利己的な遺伝子」はまっとうな著作であることを否定しようというのではない。その驚くべき表現の幾つかを、動植物による例え話は除外しつつ、以下に列記してみる。

1.チンパンジーと人間とはその進化の歴史のほぼ99・5%を共有している。どの種も30億年かけて自然淘汰という過程を経て進化してきた。自然淘汰こそが我々をつくりあげた。だから、もし我々が自分のアイデンティティを理解しようとするなら、自然淘汰を理解しなければいけない。

2.我々は生存機会「遺伝子」という名の利己的な分子を保存すべく盲目的にプログラムされたロボット機械である。とはいえ、我々動物は既知の宇宙における最も複雑で、最も完璧にデザインされた機械でもある。遺伝子を有する機械は数十年の寿命だが、遺伝子そのものは1万年、百万年単位で生き続け、コピーという形を維持することで不死身である。

3.個体レベルにおいては、遺伝子は利己的に行動する。「普遍的な愛」とか、「種全体の繁栄」とかいうものは進化そのものとは無縁で、意味をなさない概念である。(隣人愛、社会的愛、人類みな友達などという言葉は、遺伝子が利己的である以上、言葉の遊びに過ぎない?)。

4.「生物は種のために、集団の利益のために行動するよう進化している」という説は明らかな誤解である。動物にとって最大の目標は繁殖であり、もし利他的集団の中に利己的な反逆者が一個体でもいれば、他の個体より生き残るチャンスも、繁殖するチャンスも多いであろう。そして、その子共たちは利己的な性質を受け継ぐだろう。

5.ダーウィンの「適者生存」は「安定者生存」という、さらに一般的な法則の特殊な例である。最初の型の自然淘汰は単に安定したものを選択し、不安定なものを排除することだった。

6.我々の古代の先祖に安定がもたらされた後、祖先を同じくしながらタイプの異なった幾つかの変種自己複製子をつくったが、より長命なものが数を増やし進化する傾向があったであろう。長命に次ぐもう一つの重要な条件は「多産性」だったはずで、分子は多産性に向かう進化傾向をもったであろう。さらに、複製分子の特徴は「コピーの正確さ」であるが、進化には複数の誤りが必要不可欠だったという説もある。

 次いで、自己複製子の色々な変種が競争をくりひろげ、生存競争の結果、改良の過程は累積的で安定性を増大させ、競争相手の安定性を減じさせる。そして、自己複製子は自己を守る壁、すなわち細胞を出現させた。かれらは長い長い歳月をかけて、心と体をもつ人間を生み出し、人間は遺伝子の生存機械となる。地球上の動植物、バクテリア、ウィルスを含め、あらゆる生物が生存機械であり、その形、姿、体内器官はきわめて多様である。

7.DNA分子は「ヌクレオチド」と呼ばれる小型分子を構成単位とする長い鎖である。蛋白質分子がアミノ酸の鎖であるのと同じように。DNA分子は小さくて目に見えないが、その正確な形は間接的な方法で美しいラセン形にからみあった一対のヌクレオチドの鎖で、「二重ラセン」とか「不滅のコイル」と呼ばれる。そして、ヌクレオチドを構成する単位はたった四種類しかない。DNAは別の種類の蛋白質の製造を間接的に支配している。膨大な種類の蛋白質分子の一例はヘモグロビンである。

8.「突然変異」「逆位」、その他、偶然の再配列によって遺伝物質に無意識で自動的な「編集」がほどこされた結果、ばらばらだった多数の遺伝子が染色体上の一箇所に集まって緊密な連鎖集団をなす。

9.遺伝単位を実際に不可分の独立した微粒子として扱い得ることを示したのは「メンデルの法則」を確立したグレゴール・メンデルの業績だが、ダーウィンの生前に発表されながら、ダーウィンはそれを知らず、メンデル自身も自分が発見した意義に気づかず、ために二人は出遭って議論を科学的に深めるチャンスを失っている。

10.物理的には結びつきようのない遺伝子同士が互いに両立し得るだけで、選択される場合もあるが、協同性の幅の広い、融通の効く遺伝子の方が有利になる傾向は避けがたい。

11.動植物種はそれぞれ時間とともにさらに特殊化し、生活様式を進化させたが、海で、地上で、空中で、樹上で、地中で、はては他の生物の体内で、暮らすことを覚えた。こうして、動植物は多細胞体に進化し、あらゆる細胞に全遺伝子の完全なコピーが配分された。進化とは絶え間のない上昇ではなく、むしろ安定したレベルから安定したレベルへの不連続な前進のくりかえしである。

12.脳のニューロンは細胞であり、核と染色体をそなえ、細胞膜は細長く伸び、針金状の突起をなし、一個一個のニューロンには軸索と呼ばれる長い針金があるが、軸索は束状になっていて、多くの線維から成る太いケーブルとなり、神経束への役割を担っている。脳が生存機械に実際に貢献する上で重要な方法は筋収縮と調整である。

 このため、自然淘汰は感覚器、外界の物理的事象のパターンをニューロンのパルス信号に変える装置を開発した動物に有利に働いた。さらに、進化が行なわれたのは「記憶」であり、生物の特性の一つである合目的性にあり、人間の場合、意図的な行動に似ている。合目的性は「意識」と呼ばれる特性を発達させた。

 意識とは実行上の決定権をもつ生存機械が究極的な主人である遺伝子から解放されるという進化傾向の極致である。脳は遺伝子の独裁に叛く力さえ備え、日々の営みのみならず、未来を予言し、それに従って行動する能力を入手している。

13.遺伝子はマスタープログラマーであり、遺伝子の生存が一見利他的行動のように見えるのはコミュニケーションであり、生存機械と生存機械のための決断を行なう脳にとって、最も重要なのは個体の生存と繁殖である。このコロニーの全遺伝子は一致して、この二つに優先権を認めている。コミュニケーションはファミリー間や母子のあいだに特に強い。

14.生物間すべての相互作用には少なくとも何らかの利害の衝突が含まれている以上、同じ生物種間でも他の生物種との間でも、嘘や騙しや寄生や擬態などは必然的に起こる。それは同じ種内にあっても、個体の多様化が進めば、同じファミリー内ですら、嘘や騙しや欺きが起こる。

15.人種差別とは、肉体的に自分に似た固体と結びつき、外見の異なる個体を嫌う性質が血縁淘汰によって進化、それが非理性的に一般化された結果生じた可能性がある。

 一方、人間には盲目の自己複製子たちの引き起こす最悪の利己的暴挙から、我々を救い出す能力、少なくとも目先の利益よりむしろ長期的な利己的利益のほうを促進させるくらいの知的能力がある。ただ、私欲のない利他主義は世界の歴史を通じて存在したためしはない。

 しかし、人間は計画的に育成し、教育する方法を論じることはできる。この地上で、唯一、人間だけが利己的な自己複製子たちの専制支配に反逆できる。とはいえ、二つの都市、広島、長崎を破壊するために使われた原子爆弾は今までのところ満足のいく解答はなされていない。

16.無制限な産児は必然的に飢餓を招き、死亡率の恐るべき増加を招く。野生動物の個体数が理論的に可能な天文学的速度で増加したことは史上まったくない。(人間による恣意的な捕獲や殺害による行為から絶滅あるいは絶滅に近い状態を示した例は僅かではない。地球上最悪の動物が人類であることは否定できない。人類の、いわゆる文化的行為、利器の発明がどのくらい他の動植物にとって迷惑のレベルを超えたものであることか、人類は正確には認識していない)。

17.産児制限や避妊、堕胎が不自然であるのと同様に、国家の福祉システムも不自然な産物である。(とすれば、発展途上国への先進国の支援はもっと不自然である)。

18.細胞の一つ一つのなかには「ミトコンドリア」と呼ばれる小さな細胞がたくさん入っている。個体が必要とするエネルギーのほとんどを生産する化学工場であり、これを失うと即死する可能性がある。ミトコンドリアは起源をたどると、進化のずっと初期のころに祖先型の細胞と連合した共生バクテリアだったという議論が説得的に展開されており、革命的な考え方と言える。

19.我々は絶えず皮膚から細胞を失っている。恋人たちのキスや愛撫はお互いに多数の細胞をやりとりさせている。

20.脊椎動物のあいだに見られるほとんどどんな驚異でさえ、昆虫には比ぶべくもない。それは、昆虫にはきわめて多くの種が存在することに起因している。

21.非情な利己主義こそが成功した遺伝子に共通している。あくまで種ではなく、個体の行動における利己主義である。利他主義はそれを助長することによって、最もよく自身の利己的目標を達成できるような状況が存在するからである。


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