刺青・秘密/谷崎潤一郎著

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しせい・入れ墨

「刺青・秘密」 谷崎潤一郎(1886年-1965年)著
新潮文庫 1971年文庫化初版

 本書は1900年から10年あまりにかけて書かれた初期の短編が七つ収められているが、出世作となった「刺青」には題材が題材だけに、今日でも読者を唸らせる内容を秘めているものの、他の作品は当時の人々の受け止め方はどうあれ、今日的な観点からはあまりピンとこない。

 「刺青」で知ったことは、かつて両国ではときどき刺青会が催され、互いの奇抜な意匠を競い、誇りあい、評しあったという歴史。吉原の花魁や辰巳芸者も美しい刺青の男に惚れる傾向があったこと、また刺青師にはそれぞれ特徴があり、この国独特の得意とする掘り方があったことにはなるほどという気にさせられる。

 「ぼかし刺」「朱刺」を得意とする刺青師もいたが、名が売れた刺青師は客を選んだということからも、職人気質の烈しい世界であったことが想像される。ただ、刺青が肝臓、腎臓を悪化させ、皮膚下に余計な病気の源をつくる因となること(後日、ブログに記入「篤姫の生涯」)を、当時の男たちは知らなかったと思われる。

 使われるのは墨汁で、焼酒に交ぜ、一日に5、6百本も刺し、直後に色上げをよくする目的で熱い湯に入れるのだが、湯から出た者のほとんどは半死半生という姿で畳に横たわったという。

 この短編は肌の色が抜けるように白く、色っぽいうえに、男たちを食い殺す魔性の女性を見つけだし、その背に女郎蜘蛛を描くという内容だが、刺青そのものがヤクザと直結しているといった印象の強いわが国では、江戸、明治に頂点に達した、この世界的に最高といっても過言ではない技術は今日ではすでにすたれているといった感がある。そのゆえに、一層、この短編に興の深さを覚える。

 この時代、英語を理解できる日本人がどのくらいいたのかは知らないけれども、作品のなかに英語が英字のまま、説明もなく、しばしば出現することに違和感が強い。Ecstasy、obscure、mode of life、arrested at last, labyrinthなどのほか、カタカナ英語でエクセントリック、アーティフィシャル、ミステリアスなど、時代的背景を推察すると、こうした外国語をそのまま記述することで芸術家としての顕示欲や矜持の発露としたのか、学識や教養を誇示したのか、といった邪推が胸に残るし、読者一般の教育レベルを無視した暴挙とも映る。

 永井荷風が「少年」「幇間」「刺青」などを神秘主義、都会的感覚、病的心理状態を映した卓越した作品と評し、西欧のボードレールやボーに比肩できると絶賛したと解説にあるが、私個人はそれほどには感じなかった。谷崎を褒めることが己の顕示欲に繋がるとの意識も荷風にあったかも知れない。


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