野菊の墓/伊藤左千夫著

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野菊の墓

「野菊の墓」 伊藤左千夫著  新潮文庫

 高校生のころに読んだことは記憶しているし、読みながら書物の上に滂沱(ぼうだ)の涙を落としたこともはっきり記憶している。

 書店で取り寄せもてもらい、期待をもって再読した。

 内容があまりに純真、あまりに無垢、あまりに可憐であることに気づいた。そのため、自分も「こういう恋がしてみたい」と、当時、この書を手にした若者同様に夢想したに違いなく、多くの読者が主人公とともに涙したことも想像された。

 巻末によれば、初出は明治三十九年、現在でいえば当然数えの年齢になるから、主人公は民子が15歳で政夫が13歳ということになる。時代背景からも、年齢からも、恋が一途で、可憐で、哀切で、無垢であったことは当然といえば当然だが、残念ながら再読した今回は涙の「な」の字も出なかった。 感性の衰弱かも知れない。

 とはいえ、かつては気がつかなかったことがある。それはこの作者が文作りが下手だということ、しかし下手ゆえに素朴さを失わず、当時の社会的環境をそのまま、脚色なく、読者に伝えることには成功している。

 私の心に残る伊藤さんの作品はこの一作である。

 新たに知ったことは作者は小説家というより歌人だったということで、本書に収容されている他の作品、「浜菊」「姪子」「守の家」をあわせて読んだが、正直いって、時間の無駄だった。

 とはいえ、標題の作品だけは現代の若者にも、読んでもらって、感想を聞きたい一書。


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