人類が消えた世界/アラン・ワイズマン著

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人類が消えた世界

「人類が消えた世界」 アラン・ワイズマン(Alan Weisman/1947年生/アメリカ人/ジャーナリスト)著
原題:The World without Us
鬼澤忍訳 2008年 早川書房より単行本
2009年7月10日 同出版社より文庫化初版 ¥880+税

 冒頭、「人類は未来に向かってこそこそ歩きながら、恐ろしい選択に直面しているのではないだろうか」という疑問符が提起され、「生存競争から人類が脱落する日」と続く。

 世界中で頻繁に取りざたされている「地球温暖化」「気候変動」を念頭に置きつつ、それなら「もし人類が地球から姿を消したら、どうなるか」を考えてみようというのが本書の趣旨。

 著者は「地球の大自然が人類というプレッシャーから突如として解放されたら、どれくらいの時間があれば、失地が回復され、人類が現れるより前の気候に戻れるだろうか」とのクエスチョンをベースに、世界各地の環境問題の専門家にインタビューし、それぞれの識者から意見を聴取する。

 本書の趣旨との関連に捉われず、目の止まったところを以下に記す。

*人類が消えたあと、人類が造り、使ってきたもののなかで最も長く残るのは汚染された大気。

*過去65万年で、大気中の二酸化炭素が最も多いのが現在であることは南極の氷床コアに含まれる原始時代の気泡との比較で証明されている。

*過去、地球は10億年以上にわたり北極と南極が拡大と縮小をくりかえし、両極が赤道で合流したことさえあった。氷河期は大陸移動、地球の公転軌道がわずかに楕円であること、地軸のぶれ、大気中の二酸化炭素の増減などが原因で起こったと考えられる。

 人類は大気という掛け布団に余分な断熱材を詰め込んで、きたるべき氷河期を先延ばしにしている。ために、間氷期という幕間はやってこない。

*人類が誕生したことで、とくに産業革命以後に発生させた二酸化炭素は大洋の海水のみならず、地中にも過剰にしみこんでいる。

 海水は上層部分と下層部分とが入れ替わることによって最初の1千年間で二酸化炭素の90%までが吸収されると考える学者もいる。

 サンゴ礁は二酸化炭素を吸収し、酸素を海中に送り込む生物で、陸上の植物と同じ循環を行なうために光合成を必要としているが、もし藻が大量に発生し、サンゴ礁を覆うことがあれば、サンゴ礁は白化現象を起こし、死滅する。とはいえ、もし藻を食料とするウになどが充分に生息していれば、白化は免れる。

*アフリカで誕生した人類の祖先のうち、かなりの数がアフリカから追い出されたが、幾つもの集団が新しい環境に適応し、文明的に成功したものの、一方では先住の動植物を絶滅させもした。

*アフリカ、サハラ砂漠は6千年前には緑のサバンナだった。現在では1年に3-5キロ、砂漠地が増えている。原因は家畜のラクダが草食のため、空気中に蒸発する水分を減らしてしまったため降雨がなくなった。(砂漠化現象は中国をはじめ、世界のあちこちでみられる)。

 人類が消えたあと、げっ歯類とマングースが南太平洋の島々の大部分を受け継ぐだろう。また、その他の地域では蚊が大繁殖するだろう。

*21世紀以後、人類の大半は都市居住者となり、その大部分が鉄筋コンクリートを素材とするさまざまな安普請の建築物に住んでいる。都市化は人間の定住から始まり、定住は農業が食料の確保を可能にしたために始まった。

*プラスチックは海を流れ、波に打たれ、岩に打ちつけられ、次第に小さな破片とはなっても決して分解することはなく、消えてしまうわけでもない。破片よりも粉状になった場合のほうが問題はより大きい。これまでにも、アオウミガメ、白鳥、カモメ、ラッコなどの死骸の消化器部分からプラスチックの小片が発見されているが、破片が粉状になれば貝類、ゴカイ類も食べるだろうし、さらには動物性プランクトンも食べるであろう。

 プラスチックが自然環境のなかに垂れ流しにされることを阻止することは不可能。海で発見されたものには、アクリル、ナイロン、ポリエステル、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニールなどがある。

 人間が死に絶えたとしても、残った生物はこの物質と無期限につきあわなければならない。おそらくは何千年も。

(韓国製のプラスチック製品が大量に日本海を経由して日本の海岸に打ち上がっている。日本政府は善処を求め韓国政府と協議を重ねているが、日本製のものも大量に太平洋を渡っている事実も知っておくべきだ)。

*性質の異なる何百種類のプラスチックが数えきれぬほどの可塑剤、乳白剤、色素、充填剤、強化剤、光安定剤を添加してつくられてきたため、個々の寿命の長さには大きな幅がある。これまでに完全に分解され消滅したものはない。つまり、自然な死を迎えたプラスチックはまだ存在しない。

*「隆起と圧迫によってプラスチックが、かつて樹木が油や石炭に変化したように、変容する可能性はある。プラスチックが著しく集中した場合、長い時を経て変化する可能性は否定できない」という学者もいる。

*廃棄された自動車のゴムタイヤも分解されにくいシロモノ。ゴムで造られたあらゆるものに同じことが言える。燃やせば、大量の二酸化炭素が排出される。

*ガス井の火災はガスポケットが枯渇するまで続く。製油所と化学工場の多い国ほど激しい汚染に見舞われるが、雲は世界中に拡散する。そうした環境下で生きぬくために新たな進化や突然変異が始まる可能性もある。

*人間が残す金属のなかで最悪なのは鉛、クロム、水銀。未来の植物はこれらの金属に中毒して落命するだろう。下流に位置するデルタ地帯の植物は酸欠に陥って死に、水中生物はことごとく絶命する。これに藻類の死が重なると、プロセスは加速し、広大なデッドゾーンとなる。

*パナマ運河は人間が地球に負わせた傷。朝鮮半島の38度線南北の自然は過剰なまでに破壊され、治癒されぬまま今日に至っている。

(アマゾンの焼畑による森林伐採による惨禍、日本商社がフィリピン、ヴェトナム、インドネシアなどの材木を伐採させてきたツケ、中国社会が今後トイレットを使うようになり、そのための水と紙が必要となれば、人口比を想定すると地上から大量の森林地帯が消え、大量の水が使われることで水の争奪戦が必然的に起こる)。

*核弾頭、武器組み立て用具、核爆弾製造に使われた器具などから発生する汚染物を保管している場所は大抵の場合、地下数百メートル(アメリカのニューメキシコ州では地下6百メートル)だが、最も怖いのは世界に441箇所存在する原子力発電所。

 ウランの残存期間は地質年代的長期にわたる。人類が消えたあと、残された動植物は多くのチェルノブイリとつきあう羽目に陥る。

*オゾンの破壊はフロンという商標名のクロロフルオロカーボンで、これが成層圏まで上昇すると塩素を吐き出し、紫外線の防御となっている酸素原子を呑みこんでしまう。世界は段階的に削減に努めてきたが、空いたオゾンが埋まったわけではない。

*ツンドラの永久凍土層の融解は、これまで地中深くで封じ込めていたメタン分子を放出させる可能性がある。凍土下のメタンの埋蔵量は4千億トンであり、これが気化すれば、地球温暖化はさらに進む。

 本書は帯広告がいう、「環境問題を考えるための優れた思考実験の書」であることに異論はないが、扱っている分野があまりにも多岐にわたっていて、(それぞれが面白いけれども)、そのために焦点がボケているきらいは否めない。

 が、「地質学的に地球の二酸化炭素が人類出現以前のレベルに戻るまでには10万年、あるいはそれ以上かかる」との結論には溜息が出た。

 私自身は、本ブログで何度も触れたが、人類に自然環境破壊を抑止する智恵はないと思っているし、気候変動が快癒することはないと思っている。

 人間という生物は業(ごう)深き動物であり、中途半端な智恵が利便性の高い器具を創造させながら、同時にそれが母体としての地球環境を破壊するという、みずから首を絞めることになっていることを知りながら抑止できず、反省期に入ったときにはすでにタイミングを逸することになるだろう。

 それにしても、人類が地球に残す「悪業の遺産」の数々には、本書を通じ、あらためて驚嘆した。

 

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One Response to “人類が消えた世界/アラン・ワイズマン著”

  1. hanachan-234 より:

    やがては消える運命なのでしょうね。傲慢な人類・・・
    人類が消えた世界の「猿の惑星」の映画に
    砂に埋もれた自由の女神像が登場してきたように思います。

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