金沢城のヒキガエル/奥野良之助著

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金沢城のヒキガエル

「金沢城のヒキガエル」 副題:競争なき社会に生きる
奥野良之助(1931年生)著 平凡社ライブラリー
2006年1月文庫化初版

 本書はかつて前田家が治めた加賀百万石の金沢城址にある金沢大学が舞台。本丸を中心に存在する三つの池で繁殖活動をし、周辺に生息するヒキガエルの生態観察をまとめたものだが、内容がユーモラスであるばかりでなく、多くの示唆に冨み、なかんずく著者の濃すぎるほどのキャラクターが随所ににじみ出ていて、面白く、飽きのこない作品に結晶している。

 作者は元々、兵庫県の須磨水族館に勤務、海の生物が研究、観察の対象で、「磯魚の生態学」という本を上梓したこともあるが、持って生まれた灰汁の強さが禍いしてか、本人がいうには、干されて、金沢大学へ飛ばされた。転勤後、仕事場である「城址本丸」一帯にヒキガエルが大量に生息している事実を知り、以後、ヒキガエルの観察を7年間続けたという実話。

 弱い者への同情心というべきか、本書は後肢の一本が欠損しているオスのヒキガエルの発見から、その行動力、生活力を紹介、オスとメスの対比で圧倒的にメスの少ない世界で、齢(よわい)8歳にして初めてメスをホールドしている場面を直視しつつ、作者は感動を禁じえない。野生の世界で、重度の障害をもつ個体が生殖に成功できることは僅かであり、この成功例には私も感動を同じくした。ところが、そのヒキガエルは生殖した同じ年に寿命を終える。

 観察日記のなかで記憶に残った面白い部分を少しだけ以下ピックアップする。

1.「カエルはヘビを見たら、体がすくんで動けなくなる」という定説の真偽を問うべく、大人のヒキガエル1匹の入った飼育槽のなかに、孵化後あまり日数の経っていない小さなヤマカガシの個体を入れてみたところ、ヒキガエルはやおら立ち上がり、接近するや、舌をぺろっと出し、頭から呑みこんでしまった。(孵化したばかりのヤマカガシが可哀想な気がするし、たった一度の実験でなく、次にはもう少し大きめのヤマカガシを入れてみたらどうだっただろう)。

2.観察目的で、ヒキガエル(トータル1526匹)をつかまえ(逃げないから簡単につかまえられるが、ヒキガエルにとってストレスにはなるらしい)、肢の5本の指から各1本を切断し、それぞれの肢のどの指を切り落としたかを記録、番号をつける方式を採る。残酷だが、実際には切断後8日で切り口に色素が現れ、12日目には再生、完治し、生活に苦労する様子はなかった。

3.重症の障害をもつ個体、たとえば、後肢の1本が生まれたときから欠損している、前肢の片方が極端に短い、指が全部曲がっている、後肢の指が全部欠損している、などのヒキガエルの寿命は平均して長くはない。

4.カエルの場合、繁殖はゼリー状のものに包まれた卵を尻から出すメスの体の上にオスが覆いかぶさり、両手でしっかりメスの体をホールドしつつ、精子を振りかける行為で、「交尾」とはいわず、「抱接」という。

 ときにオスが間違えてオスの上に乗ると、乗られたオスは「クワー」と鳴いて、自分がオスであることをアピールし、下りてもらうのが通常のケースで、その鳴き方を専門用語では「リリース・コール」という。

 あるとき、数匹のオスがメスをホールドしているオスの上に団子状態になって重なっているところを発見、上から順に1匹ずつはがしていくと、なんと一番下にいたのがメスではなくオスだったことがある。別の機会に同じ状態を発見、再び引き剥がしを行ったところ、一番下のヒキガエルが以前に見た同じオスだった(標識で判断できる)ことを知って愕然とした。(ヒキガエルにも「おねえMAN」がいるのかも知れない)。

5.ヒキガエルのエサはミミズ、アリ、ゴミムシ、ダンゴムシ、ワラジムシ、ヤスデ、ナメクジ、カタツムリ、クモなど。 天敵はフクロウ、カラスなど。カエルの仲間は両生類、無尾目に属し、世界には3千種存在する。大半は熱帯から亜熱帯に分布するが、日本には30種が知られている。

6.行動は夜行性で、変温動物。通常は雨が降りだすと行動を開始するが、12月から約3ヶ月余は冬眠、繁殖行動後2週間の春眠、1か月間の夏眠(筆者による初の知見)は乾燥からの避難。降雨がかれらの食餌行動を促すことは確かだが、それはミミズなどが降雨とともに出てくるからで、といって降雨さえあればどのヒキガエルも食餌行動を起こすかというとそうでもなく、腹具合によるらしい。冬眠期には穴などに入らず1メートル積もった雪の真下で寝ていることもあるが、雪の下は温かいからだ。

7.孵化後のオタマジャクシは貪欲で、食えるものは何でも食う。オスにホールドされたとき、内臓破裂を起こして死んだメスなどが水面に浮かんでいれば、寄ってたかって、あっという間に骨だけにしてしまう。まるで、ピラニア。一方、池のなかには捕食者も少なくない。ゲンゴロウ、ヤゴ、ダガメ、イモリ、カラス、メダカ、ヘビなどが天敵。

 一つの池で20万匹を産卵し、90%が孵化するが、変態を終えて上陸を開始するころには2,3万匹に激減している。さらに、上陸後、湿度が上がらず、降雨もなく、乾燥が続けば、2、3万匹が600匹になる。1,2センチの小さな個体はカラスについばまれ、3センチほどのサイズの兄、姉にあたる子供のヒキガエルにも食われてしまう。変態を終えたヒキガエルはその背から毒腺を出すが、ヘビや同類には効力を発揮しない。

8.オスは3歳から繁殖に参加、メスは4歳から。また、寿命はオスが11歳、メスが9歳。

9.ヒキガエルの世界にはボス的な存在はない。エサを捕る場所を共有し、ネグラまで一緒するケースは幾らもある。7年間の観察期間で、ヒキガエル同士の喧嘩は見たことがない。繁殖行為でも、先着順で決まってしまうから、争いにはならない。大脳の発達した高等動物は集団をつくると、個体の自立性、自己主張が衝突して喧嘩が起こる。その喧嘩を少なくするために順位ができあがる。

 著者による観察は実際には上記したよりもはるかに細かく、統計数値や図面まで掲載され、懇切丁寧。

 著者の真意は「相手を見つけ、自己遺伝子を残すべく繁殖に成功することを西欧の学者は『繁殖戦略』とも、『繁殖ストラティジー』ともいうが、この大仰な言葉自体に問題がある。『戦略』は『手法』や『方法』という言葉に置き換えてもなんら不都合はない」ということにある。要するに、「繁殖戦略とは、西欧の攻撃的な精神から生まれる言葉に過ぎず、学者らはそういう言葉に酔っているのではないか」という示唆。

 また、「それが進化の唯一の原理であるなどと称して、すべての動物を括ろうとする思考がおかしい。生物には弱肉強食とか自然淘汰とか生存競争とかいう言葉が似合う種もいるが、似合わない種もいる」。確かに、ライオンやタイガーだって、草食動物を殺して食べてはいるが、食べるチャンスに恵まれなければ自分が死ぬだけであり、同時に、草食動物を絶滅させるような食餌行動は決してやらない。草食動物にとっては適度な間引き効果とさえなっている。絶滅行動をとるのは人間だけで、ことに冷凍設備という利器を得たあと、たとえば、海の魚を無制限に捕獲、獲り過ぎて価格がダウンすると、獲った魚を廃棄するなどという、たわけた行動すら採る。

 陸上でも、人間の行動が原因で絶滅に追い込まれた種、追い込まれつつある種、いずれも僅かな数ではないし、過去に意図して外国から持ち込んだ生物が意図を超えて繁殖してしまい、手に負えなくなってしまったというケースも枚挙に暇がない。魚類の一部(ブラックマスなど)も、昆虫の一部(クワガタなど)も、亀の一部も、哺乳類の一部も、例外ではない。

 「魚が両生類に、両生類が爬虫類に、爬虫類が哺乳類になるといった体の仕組そのものの変革こそを大進化といい、その時期は中生代、三畳紀からジェラ紀にかけての生存競争で、発展のチャンスには壮大な種分化、特殊化によって、種の数が増え、多様化した。そのときの激烈な競争に敗れた生物は死滅し、適応できた生物は生き残った。このような劇的な変革はこの時代以後、地球上では起こっていない」。

 「人間としての能力などは存在しない。存在するのは個体差であり、それぞれ自分の個体差を生かし伸ばしていくことで、個体差としての社会的可能性が生まれる。それこそが真の自由というものだが、個体差の可能性と社会的な評価とは必ずしも一致しない。金銭的な報酬や社会的な高い地位に結びつく個体もあるが、そうでない個体もある」。西武球団にいた松坂投手のようにメジャーリーガーに60億円積まれる男もいれば、ただのサラリーマンで一生を終える男もいる。人は自分に与えられた職業が天職だと思えれば、それで充分であり、他からとやかく言われる筋合いのものではない。

 解説者がさいごに「小さな生命の小宇宙という鏡に現代社会のもつ巨大な矛盾を見事に映しだす狙いをもった独創的な文明論であり、警醒の一書である」と賛辞を贈っているが、読み手としての私も同感。

 著者は水族館を干され、転勤した金沢大学でも停年退職するまで助教授どまり。悪くいえば「社会性の欠落」、良くいえば「自分の生き方を頑固に守り、妥協しない男らしい人物」というように感じられたが、大学の学生らは偉くなった教授連中に対しては持つことのなかった親近感をこの個性丸出しの先生には持ったに違いないし、卒業後も永く記憶されたことだろう。 また、粗雑なのか、緻密なのか、判断しかねる作者の言動がかえって、この書物の魅力を増しているように思われる。

 昨年、能登半島へ友人夫妻の車で同行させてもらい、帰途は金沢で一泊したのだが、本書をその前に読んでいたら、金沢大学に入って、本丸城址が見られたのにと思った。とはいえ、本書によれば、三つの池を中心に生息していたヒキガエルは現在では絶滅しているという。

 最後に、本書を読みながら、数年前に静岡市に住んでいたころに創った下手な俳句、「蛙ども、ここを先途の、大合唱」を思い出した。


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