タブーの正体!/川端幹人著

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タブーの正体

「タブーの正体!」
川端幹人(1959年生/元「噂の真相」の副編集長)著
副題:マスコミが「あのこと」に触れない理由
2012年12月10日 ちくま新書初版

 国民の誰もがロシアや中国に比べ、日本の報道ははるかに自由だと思ってきたし、現実にはるかにましではあるけれども、日本のメディアが触れることを嫌う、あるいは怖がる対象というものは厳然としてかなりの分野で存在する。本書はそういう例を具体的な例をふんだんに挙げつつ、説明を加え、最後にはタブーとして日本国内で最強、最悪は「電通」であると闊歩する。

 「触れてはいけない」というより「触れ方に細心の注意が必要」という意味でのタブーが日本には多い。まずは「暴力団」「右翼」「部落」。

 暴力団に関しては最近になってようやく撲滅運動に前向きになっているが、「暴力団」というものの組織を認めていること自体がこの国のおかしさだと私はかねて思っている。

 次いで、皇室、触れ方を誤ると抗議が止まらない。ことによれば、命がけのことにもなりかねない。

 日本の皇室がイギリスの王室に足並みを揃え国民の目線をよく捕らえながら、現行のような言動に終始しているかぎり問題はないと私は思う。ただ、宮内庁というところに何人が働いているのか、どのくらいのコストがかかっているのかについては疑問がある。また、天皇が替わるたびに元号が変わり、銀行や区役所などで何かが欲しいとき、元号を記憶しておかなければならないのが辛い。海外にいれば、すべて西暦ですんでいるのに、帰国するたびに、「今は平成何年か」と人に尋ねるのが情けない。

 同和問題を声高に怒鳴って、右翼が街宣車を走らせるなどは、2010年ともなれば、若い人がそんな名を知らないだけ、問題は小さくなった。

 人気のある政治家もメディアは本当のことが書きにくい。下手な触れ方をすると、読者から総スカンをくう。とはいえ、長年にわたりこの国を支配してきた官僚は政治家などとは比べものにならない膨大な情報と権限を掌握している。敵対する者に対しては容赦しない。

 検察に遠慮するのは検察がニュースソースであるのと同時に、捜査権と公訴権という絶対的な力をもっているから。

 検察に対しては、その内部で対立が起きたときが唯一のチャンスで、いずれかに乗って批判記事を書くことは可能。検察が本性を露にしたら、メディアは凍りつき、ひたすら批判を控える。

 民放も新聞も雑誌社も社員が不祥事を起こすことがある。これをもみ消してもらうために、警察内部の細かい問題にも目をつぶるという「お互い様」という関係。

 最近になって、警察内部の問題が報道されることが増えたが、地方でのことが圧倒的に多い。

 警察に関する分野で批判を浴びせようとすれば、情報支配のために、かれらはメディアに対し、「税務調査を徹底的に行なうぞ」と脅かす。

 欧米では、報道の自由を侵されるような問題が起こると、連携して抗議の声を挙げ、戦う姿勢をみせるが、日本のメディアは連携も協力も期待できない。

 大手企業は多額の広告費を出すスポンサーである点、メディアにとって、よっぽどの条件が揃わないと筆に載せることはしない。トヨタ自動車の欠陥がアメリカで大々的に採り上げられ、バッシングされた時期、日本国民はアメリカにあるトヨタの工場が悪いんだろうぐらいに考えていたが、事実は、日本国内における欠陥、リコールのほうがはるかに多く起こっていた。

 こういうことがある。一時期、ファンヒーターのパロマが欠陥商品だといわれ、ひどくバッシングされたが、松下のファンヒーターにも同じ欠陥があり、同じ時期リコールを行なっていた。メディアによる報道は松下に対するほうがはるかに甘かった。

 競合他社の存在しない企業、電力会社が多額の広告費を使う理由は、やはり、メディアによる批判を抑えようとの対策あってのこと。テレビ会社は多くの局で電力会社が大株主である。

 福島原発問題では、電力会社をはじめ、政界、経産省、メディア、御用学者らが雁首ならべてひたすら既得権益を守ることに地道をあげた。情報の錯綜、時間的遅れ、事実の隠匿、なかには嘘まで含まれた会見。

 タブーといえば、大物タレントはもちろんだが、タレントをもつプロダクションにもそういう対象がある。従って、所属するプロダクションによって運不運が避けられない。たとえば離婚しても、片方はバッシングされても、片方はほおっておかれるケースすらある。

 細かいことは、本書にいくらでも紹介されているが、メディアという商売がいかにつまらない商売かが理解される。

 「タプーとは、本来、文化人類学や宗教学で共同体の触れてはならない領域、犯してはならない行為を説明する学術用語だった、この言葉が最近やたらと、メディアに対して使われるようになった」とは作者の言葉。

 初めに述べた「電通が最強、最悪」なのは、広告費に関係しているからだということは判っていただけたであろう。広告スペースの割り振りを行なうという業務に就いている限り、電通への気遣いは今後とも継続する。


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