蔦燃(つたもえ)/高樹のぶ子著

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つたもえ

「蔦燃」 高樹のぶ子著
講談社文庫刊  1997年10月初版

 この国で「男と女の情感」を歌い上げた歌人としてはまず与謝野晶子の名が挙がる。当時センセーションを全国に撒き散らした歴史的な才女である。

 女の情念や、ある意味で怖さを書いた作家としては、向田邦子、瀬戸内寂聴、そしてこれらの系譜を継ぐ高樹のぶ子がいる。

 一般に、性のこと、性愛のことは生活の裏側にあり、到底口に出したり、たとえ同性の者たちにも相談などというテーマにはなりにくい。表面的には、人間の男女は、互いに惹かれあいながら、そういう本質を表には出しにくいという事情がある。にも拘わらず、男と女の性愛はときにきわめて淫らで、屈折し、ときには想像を超える悦楽や歓喜が訪れるが、それを全魂で受け止めるのは夫婦間のセックスがベースであったりなかったりする。精神的な背景として、夫は妻を相手にどろどろの淫らな性愛を求めないという側面がある。そういう性愛は妻ではなく、外部の女であったほうが都合がいい。妻にはいつまでも清らかで、できれば、楚々とした挙措を身にしていて欲しい。だから、妻はいつでも女であることをほどほどにしか表には出せず、性に関しては飢餓状態に置かれるから、欲求が溜まって爆発する可能性を秘めている。

 こうした表裏にある性のことを、この作家はみずからがもつ感受性や洞察力を駆使して、見事に書き上げる術を心得ている。そのうえ、男女の生活の裏側が表側の半分以上を支えているだろうことも鋭く指摘している。

 とくに、この国では性に関してはそれが内包する裏面、奥深さをえぐったものが稀である。そういうものを抑止する精神構造が我々の社会に存在する。だからこそ、そうした環境のなかで、この作家のあけすけな筆致には並みでない勇気とともに斬新なものを覚える。

 一面、本書は一婦一夫性の結婚制度のかかえる問題点にまで示唆を伝え、結婚後の夫婦の一方がいつ新しい恋に埋没するかも知れない可能性が否定できないものであることをも暗示している。人間が生きているということの実態、人間が煩悩のかたまりである事実への認識といっていい。

 口にはできない淫猥さ、それに溺れる男女をあらゆるアングルから遠慮会釈なく、しかも下品に陥ることなく書き尽くす作家はなかなかいないけれども、そういう稀な作家の一人だという気がするし、今後もそうであって欲しい。

 「男は女ではない。女は男ではない。互いのメカニズムは互いに永遠に理解できない。それは神の与えた恩寵」かも知れないとの言葉にはあたりまえのようでいて、私はあらためて痺れ、かつ納得した。

 私見だが、「女は所詮この世で会った男次第だ」という気がしてならない。

 本書は1994年に世に出ている。作家が48歳に執筆した一書である。が、それにしては、高樹フアンとしては少し物足りないという不満も実はある。48歳なら48歳なりの、文学界を震撼させる男女の「陰「と「鬱」と「醜さ」をもっともっと鮮明に、深く、むごたらしいくらいに映しだせるのではないかと。


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One Response to “蔦燃(つたもえ)/高樹のぶ子著”

  1. ayumiyori より:

    瀬戸内さんがスタジオパークにご出演だったので、検索したところです。女性は柔らかくあってほしい旨おしゃっていました。そして太地喜和子さんを思い出していました。

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