運慶と快慶/西木暉著

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「運慶と快慶」  西木暉著  鳥影社 ¥2200+税
2008年1月8日 初版
副題:相克の果てに
帯広告:南大門仁王像の胎内に運慶の名が発見されなかったのはなぜか?

 本書は全542ページにおよぶ単行本、一貫してテンポのゆったりした展開に終始。にも拘わらず、最後まで飽きずに読めるのは、運慶と快慶の二人が生きた「時代背景」、「人脈」、「注力した仕事」に対する作者の想像と推理が的を得ているように感じられること。

 二人は多くの彫像に拘わったものの、大部分の作品は火事、地震、戦禍などで消失、現代に残っていない。たとえば、現存する仏像で運慶の作品としてはっきりしているのは円成寺の大日如来像の一体だけ。

 そのため、作者は文献、資料だけでなく、名のある彫像を見て歩き、そういうプロセスのなかで彫像自体から読み取る目を培ったように思われる。今日、名は刻まれていないが、東大寺南大門の金剛力士像も運慶の手が入っていることは周知のことだが、どうして名が刻まれなかったかを本書は暴いている。

 運慶も快慶も鎌倉時代に名を馳せたわが国で最も有名な仏像彫り師で、誰もが一般に義務教育の過程でその名を知るが、私は二人の具体的な仕事について記憶してなかった。

 快慶は不遇な少年期を送ったためか、他人への配慮、思いやりが深く、穏やかな性格だったのに比べ、運慶は功名心が強く、鎌倉幕府の為政者との繋がりもあり、源頼朝の後ろ盾を得ていた。東国の御家人からも数々の依頼を受け、彫像に勤しんだという。

 なお、快慶作の弥勒菩薩(高さ106センチ)は現在ボストン博物館に収容、展示されている。

 本書のタイトルでは二人の彫り師を並べてはいるが、作者の筆は運慶のほうに比重を置いている。

 過日、本ブログに書評した「裏から読むとおもしろい歴史」のなかに、「東北に覇を唱えた藤原基衝が毛越寺(もうつじ)の建立に際し、薬師如来像の製作を運慶に依頼したところ、そのギャラは莫大だった」とあったことが想起された。


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