人間とはどういう生物か/石川幹人著

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にんげんとはどういうせいぶつか

「人間とはどういう生物か」 石川幹人(1959年生/明大情報コミュニケーション学部教授)著
副題:心・脳・意識のふしぎを解く
2010年10月10日 ちくま書房より新書初版 ¥760+税

 「本書はサイエンスとテクノロジーの視点から意味の実態に迫り、生物としての人間の本質を理解しようとする試みである」とあり、「意味こそが脳に代わる心のフロンティア」との言葉が添えられている。

 要するに、テクノロジーの代表であるコンピューター(以下CPU)が人間の頭脳にどこまで迫れれるかという問題に大方は終始する。ただし、作品は学術書であり、内容は高踏的で且つ難しい。書評を加えるような対象とはならなかった。

 以下、目についたところを記してみる。作者が意図する理解に達していないとすれば、それらはあくまで私個人の責任であり、作者の責任ではないことをお断りしておく。

*CPUに翻訳させることの難しさの一例として、「窓から顔を出す」という日本語を英語にする場合、文字通り訳すのよければ、CPUにも可能だが、アメリカではこの場合「窓から頭を出す」といい、「顔」は「Head」に置き換えられる。こうした、その国の常識を知らないと翻訳はできない。つまりは共通した意味世界に住む人間に限り、CPUは意味を処理できる。

*1980年代、人口知能の研究開発は前途洋洋だった。CPUの性能はどんどん向上していたので、「人の知能もはやばんできるだろう」と楽観的な空気だった。ところが、扱う世界を広くしていく過程で問題が生じた。CPUは想定外のことには対応できないことがわかった。

*1997年、IBM社開発のチェス用大型CPU「ディープ・ブルー」が当時の世界チャンピオン、カスパロフ名人を公式ルールで対戦して勝ってしまった。後日わかったことは、ゲームの後半、多くのチェスのプロがCPUのために寄ってたかって名人の弱点を得て作戦をプログラムしたことがわかった。このゲーム直後、IBMはこの機器を廃棄してしまった。CPUが日本の将棋のチャンピオン、羽生名人を打ち負かすことはできないだろう。

*人間の学びは行為と意味に関係している。知ろうとする行為によって意味作用が起き、結果として新たな知識が生まれる。生まれた知識を表象として記述したり操作することも可能。それに対して、機械による学習はすでにある表象や表象の組み合わせに対して付与する特典を何らかの(ときには外部からの)情報に基づいて量的に操作する。機械による学習は不完全であっても、その失敗理由を説明できない。機械は人間のように行為を通して学ぶことができず、その点にCPUの限界がある。

*現状のCPUが文字や数字などの記号を操作、書き換えして動作するので、シンボリズム(記号主義)と呼ばれるのに対し、新しく開発しようとしているCPUは脳のような配線とその結合の重みづけによって動作するのでは結合主義と呼ばれている。

*人間は無意識のうちにかなり高度な心の動きを実現している。「直感を信じよ」という主張はそれなりに的を得ている。

*人間は生活に便利な位置に意識を固定する心の機能をもっているが、場合によっては、たとえば夢のなかで一時的にその機能が弱まることがある。むかしから「心は脳にある」といわれているが、ここでは意味作用の場としての心は世界に広がっていると主張したい。

*意識と無意識は一体にして不可分。

*人類が会話能力をもったのは数十万年前、会話は多くの部分、意識的な活動であったろう。ただ、意識の情報容量は小さい。

*人間の死後、「霊魂が身体から離れ浮遊する」というのは意識の世界から生まれた伝統的な考えで、心の本質を見失う結果となっている。

*人間の心に脳が果たす役割は大きいが、脳がすべてではないし、同時に遺伝子がすべてというわけでもない。

*人間とチンパンジーの遺伝子情報はその98%が同一であり、したがって、人間の遺伝に言語能力があり、チンパンジーにはないという発想は短絡である。生物進化は意味作用の積み重ねであり、生物が発展してきた暗黙知の歴史に相当する。その歴史をつむいでるのが遺伝的なかかわり、歴史的な記録や記憶、そして不確定な過去を決める量子過程なのである。

*1994年、ピーター・ショアが「量子CPU」で大きな整数を超高速で求める方法を発見し、技術開発競争に火がついた。実際は重ね合わせの状態を管理下で観測しつつ不具合が起きないように拡大するのが技術的にむずかしい、当面は暗号解読のレベルだが、将来性は未定。

*あらゆる生物が意味作用をもっている。人間は進化の頂点にあり、動物として進化してきた歴史上の意味作用の成果を遺伝子として利用している。人間がつくったもの「ロボット」にも「CPU」にも心はない。 


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