日本語はなぜ美しいのか/黒川伊保子著(その2)

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「日本語はなぜ美しいのか」 黒川伊保子著

書評その2  「擬態語、擬声語について」

書評その1」の続き。

 日本人にとって音韻の発音体感と所作、情景は歴史上一貫して一致している。おかげで、この国では、語感だけで創られる言葉、擬態語、擬声語が日常的に多用され、新しく生まれもし、かつ、その気になれば、即席でも創ることが可能で、イメージを共有しつつ、他人の共感をも得られる。

 作者が仰るとおり、日本語では擬態語、擬声語が幾らでも創れるし、イメージを共有できるという点にも異論はない。むかし、作家の林真利子が「ルンルン」という言葉を流行らせたが、快適で楽しげな様子が手にとるように理解でき、秀逸なオノマトペ(オノマトピーアともいい、擬態語、擬声語のこと)だと評価した覚えがある。

 日本の俳人がつくった句にオノマトペを使った句がないものかと調べたことがある。結果は幾らでもあり、芭蕉の句にさえあった。

 例を以下に挙げる。

朝顔に 口笛ひょうと 夏休み  (中村汀女)

雪チラチラ 岩手颪(いわておろし)に ならで止(や)む  (河東碧悟桐=かわひがしへきごどう)

しんしんと 寒さが楽し 歩みゆく   (星野立子)

とっぷりと 後ろ暮れいし 焚火かな  (松本たかし)

ふっつりと 切ったる縁(えん)や 石榴(ざくろ)の花   (久保田万太郎)

ライターの 火のポポポポと 滝涸(か)るる   (秋元不死男)

鳥わたる こきこきこきと 缶切れば       (同上)

折りとりて はらりと重き すすきかな      (飯田蛇笏)

首こきと 鳴り夜桜を 仰ぎけり         (江国慈酔郎)

杉箸の 封ぷっつりと 夏料理          (小沢昭一)

ひらひらと 月光降りぬ 貝割菜         (川端茅舎)

うまそうな 雪がふうわり ふうわりかな     (小林一茶)

雪とけて くりくりしたる 月夜かな       (同上)

きりきりしゃんとして立つ桔梗(ききょう)かな  (同上)

春の海 ひねもすのたり のたりかな       (与謝蕪村)

 他にも「乳房がたぷたぷ揺れて」といったような句もあり、記憶しているだけでも上記ほどは脳裡に残っている。残念ながら、芭蕉の句は思い出せないが、むかし調べたときにあったことを記憶している。

 私自身、このオノマトペがふんだんに創れ、使える日本語をこよなく愛しているし、その点、作者に同調する。

 ただ、一文に「母音語族には一々口にしなくても解りあえるものがあり、愛してるよと言われなくとも、許せる」という意見には必ずしも同調はできない。現に、日本女性自身のなかに、最近では、西洋人のようにきちんと言葉で表現して欲しいという人が増えている。


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