生命の不思議/柳澤桂子著

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「生命の不思議」 柳澤桂子(1938年生)著
集英社文庫
2000年7月単行本  2003年11月文庫化初版

 著者は生命科学の専門家だが、自身が原因不明の病に冒されて30年、うち10年は寝たきりという病状を経験、30年後にそれが「周期性嘔吐症候群」という病名だったことが判明したという人だけに、語る言葉には真実と、正直な思念と、伝えたい熱意とが本作品に溢れている。

 「世の中には、原因不明の痛みに襲われ、どこの病院に行っても、原因が判らず、治療法もないまま、痛みと同居している人が想像以上に存在し、そういう人たちから数多くの手紙や電話をもらった」と書いている。

 実は、私自身もそのうちの一人、10年前に右大腿付け根のリンパ腺の深部に突然烈しい痛みを感じ、大学病院でMRをはじめ、CTスキャン、造影剤などでチェックしたが原因不明のままお手上げとなり、以後、針を含め、ありとあらゆる民間療法を試したが、どれも有効な手法ではなかった。しまいには、バリ島にいたとき、「触れるだけで人の病気や痛みを治してしまうゴッドハンドをもつ老人」を紹介され、訪れてみたが、これもなんの効果もなく、以後、痛みに慣れるよう努め、同居することを決意して現在に至っている。ただ、温かい湯や温かいシャワーを浴びると、そのときだけは痛みが嘘のように消えてしまうことだけが救いになっている。

 本著作には網羅されている項目が、ヒトゲノム、遺伝子、遺伝子組み換え作物、宇宙、地球の自然、介護問題、細胞と生命の進化、神秘体験、DNAと染色体などなど、多岐にわたりすぎ、項目によっては中途半端な説明となっている項目もあり、的を絞って書いたほうがよかったのではないかと思われた。

 ことに、介護の問題は現時点でわが国がそもそも過渡期にあり、法律自体が頻繁に変わるという実情もあり、ヘルパーも、ケア・マネジャーもいずれも安定した職業になっていず、法律上の業務そのものもいまだ可変的である。ヘルパーの仕事を学んだ若者も、労働の過剰さと、あまりに低い報酬とに嫌気がさし、離職してしまうケースが多い。

 本書を読んで、唸らされた部分、学んだ部分は以下:

1.遺伝子は1000以上の塩基から成立。それが突然変異によって少しずつ変化していくのは生命の流れの必然。が、変異が個体にとって致命的なら死。致命的でなければ、その変異は遺伝子に蓄積されていき、多様性が生まれる。

2.人は何十兆という細胞からできていて、一つの細胞にはそれぞれ寿命があり、神経細胞は120年、赤血球細胞は120日、白血球細胞は120時間であり、寿命を終えると、幹細胞が分裂して新しい細胞を補充する。

3.また、細胞の一つ一つには46本の染色体が入っており、染色体はDNAがコイル状に巻かれたもので、一つの細胞のDNAを伸ばすと、2メートルを超える。46本に分岐しているため、直径0.001ミリくらいの細胞のなかにおさめることが可能。

4.カナダ人のオースチン・バステール氏の言葉。「自分が恐ろしい病気に苦しめられているときに、自分自身の体をコントロールすること、延命策を採るか、死を選ぶか、の権利以上に基本的人権はない」。

5.1994年、米国オレゴン州では世界で初めて「安楽死法案」が市民主導で議会を通過したが、いまでも米国全体としては堕胎問題と同様に反対運動が根強い。(キリスト教的な考え方が判断基準となっている)。

6.地球上に生命が誕生して36億年、脊椎動物が誕生して5億年、哺乳類が進化して2億年、人類の祖先が出現して500万年。(人類が発声を覚え、言語の交換が可能となり、手を使ってものを造れるようになって5万年)。

7.人間は母胎で受精した瞬間から一直線に死に向かって歩む。

8.あらゆる生物は、動物のみならず植物も、一日のリズムを感受しつつ生きている。

9.「尊厳死」のことを英語では “Death With Dignity” という。

 作者はいっとき宗教にも目を向け、色々な書物を読み、宗教家と話をしたらしいが、それは所詮「苦しいときの神頼み」であり、日本人特有の「ご利益を求める」精神にあるような気がする。「科学と宗教は相容れない」と私は思っている。西欧の歴史のなかで、どれほど多くの科学者が宗教裁判にかけられ処刑されたか史実が物語っている。

 ただ、著者は長い闘病生活をしたおかげで、自然への観察眼が鋭く研ぎ澄まされ、健康なときには見えなかったものまで見えるようになったと独白している。その意味での心情的優しさが本書には溢れているが、専門とする「ヒトゲノム」と「塩基」の話はむずかしい。


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