シルクロード体験記「中国の西、陽関との出遭い」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

陽関
(陽関の跡)

 高校時代、漢文が好きだった。当時でも、周囲に漢文の時間を心待ちにする生徒はいなかったから、私は珍奇の部類に入っていただろう。

 1970年代後半、田中角栄首相の腐心により日中国交回復がなり、NHKでシルクロードの映像が石坂浩二さんのナレーションで始まり、私はその映像に痺れた。当時、たまたま、外国人観光客を誘致する業務から日本人の海外旅行業務に仕事が変わっていたこともあって、1978年にツアーを企画した。

 わずかな記憶違いはあるかも知れないが、私の脳裡には「夜来の朝雨は軽塵を潤し、客舎清々、柳色新たなり。君に勧む。さらに尽くせ、一杯の酒、西の方、陽関を出ずれば、故人(知己の意)なからん」という漢詩がある。

 当時、中国には「防人(さきもり)」という制度があり、陽関から西がタクラマカンと呼ばれる砂漠で、西からの脅威に備えるための派兵であった。漢詩の大意は「陽関まで送ってきた友人が防人として陽関を出てしまえば、友人も知己もなく、いつ帰れるか、いや帰ることができるかどうかすら判らない。だから、さぁ、もう一杯ともに酒を干そうではないか」といったところだろう。

 上の写真は土くれとなって盛り上がった陽関の跡と、タクラマカン砂漠の衛星写真だが、私は数千年の時を経、崩れた土の盛り上がりを目に、そして、同行者が詩吟を唸る声を耳に、感動を抑えきれなかった。

 私は大学生時代、2年間を中国語を学ぶことに充てたが、国交が回復された頃には残念ながら忘却の彼方であった。

タクラマカン
(衛星写真によるタクラマカン砂漠)


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ