通り池の神秘・宮古島

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通り池

かつて沖縄の離島ばかりか、国内外の海を潜り歩いたことがある。

なかでも「感動のシーン」として忘れがたいのが「通リ池」だった。

「通リ池」は沖縄県、宮古諸島の一島、下地島に存在する二つの池をいう。
 地上から見る「通リ池」は幅4メートルの道によって二つに分断されているように見え、一つが海により近く、直径70メートル、もう一つが道をはさんで直径35メートルという、まるで双子池といった風情だが、ニつの池は下で繋がっている。

 いずれも鈍い草色を放ち、気味の悪さはひととおりではなく、どちらの池も切り立った椀状を呈し、ロープラダーでもない限り、エントリー(水に入ること)はできない。


 むかし、ある継母が夫の連れ子を殺害すべく、ここに夫とのあいだにできた自分の子とともに同伴、昼寝している子を足で池に蹴り落としたところ、誤って自分の子供を蹴り落とし溺死させてしまったことを知って半狂乱、精神障害となって夫とも別れたという話が、ほとんど伝説となって島の古老のあいだに伝わっているだけでなく、人々は恐れて池に近ずこうともしない。そういう話を耳にすると、寡黙に静まりかえったいる池が、妄想と相俟って、一層恐ろしげに見えてくる。


 ある釣り人がこの池に竿を垂らしたところ、鮫やイソマグロが釣れ、池が海に繋がっているらしいことが知れた。


 私が「通り池」に入ったのは1985年、むろん宮古島を拠点とするダイビングショップのボートを使って下地島に達し、海の側からエントリー。ガイド役に案内されてフィンを蹴ると、目前に、大きなえぐれが現れ、それが通り池へのゲートだと知れる。目分量だが、水底の深さは40メートル、トンネルの天井で水深は20メートル、幅は15メートルと、間口は予測していたよりずっと広く、侵入していくことに恐怖感はない。底は砂地で、波紋が美しく刻まれている。


 ただ、水底まで落ちてしまえば、5気圧の世界、水面に比べエアー消費は5倍になるから、できるだけ天井に近いところを移動することでエア消費を抑えることが望ましい。水中で力を発揮するBC(Buoyancy Contoroller/浮力調節器)を活かし、中性浮力をとりながら、導かれるままに侵入していくと、前方に光が見え、次第に明度が増し、網膜を刺激する。そこが第一の、海に近い場所にある池であることを認識しつつ水深計をチェックすると淵の真下で25メートル、前方には岩が二つ盛り上がっているが、池の内部にはイソマグロが群泳し、壮観という以外にない。


 池の真中の底が20メートルと、海側の水深より2分の1も浅くなっていることが知れたが、池の向かい側の淵の下は15メートルとさらに浅く、第二の池(地上からは双子池に見える)が水底で繋がっていることがはっきり判る。第二の池は水深にして平均12メートルと浅いが、珊瑚がぽつんぽつんと散在し、ネムリブカが回遊していた。


 池の水は水底から水面に向かって翡翠色から黄緑に、さらに黄色から白色に変容する。視座を動かすたびに、水の色が千変万化する様は、文字通り万華鏡の世界。そのことは水底が海水であり、海面に近くなるにつれ淡水が多く混ざっていることを暗示し、真上から降り注ぐ南国の太陽光線によるプリズム効果というべきか、視座やアングルを変えることによって光と水が創造する名状しがたいアートを堪能することができる。実際、水面に出て、水を舐めてみたが、まったく塩気はなく、雨水が溜まったものだということが理解される。


 さて、帰還する段になって、再び入り口に向かうと、ゲートまで35メートルと離れた地点からは、濃紺に見えていた水の色がゲートに近づくにつれて紫に近く、さらに明るい紫の周辺が暗い紺色に染められ、徐々に明るい青を加え、接近を重ねるたびに、それぞれの色合いが微妙に変化する光景に圧倒的な感動を覚えた。

 持参していた水中カメラのシャッターを何度も切ったが、後日出来上がったスライドのどの映像も、私が肉眼で見た色彩の美を映してはいなかった。


 イタリアに「青の洞窟」というのがあり、観光で訪れる人も多い。ここの特色はボート上から見る海水の色が洞窟のなかに入り込む太陽光に微妙に影響されて、同じ青ながら、濃淡があり、しかも移動するにつれ変容するという魅力がある。ただし、波が穏やかで、水位がボートを通過させるレベルであることが侵入を可能にするので、いつでも入れるというわけにはいかない。


 「通り池」の神秘的な色彩を目撃するためには、まずダイバーでなければならず、そのうえそれなりの経験を積んだダイバーであることが条件となる。地上から二つに見える池を覗く目的なら、宮古島の平良港から定期船に乗って下地島に渡り、タクシーで通り池まで行けば、可能である。伊良部島と下地島はブリッジで繋がれている。


 ちなみに、私は通り池を都合三度潜っている。


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