バリ島駐在記「フィッシングはファンタスティック」

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バリ島南部の地図

(バリ島南部の地図)

 

 当時、仕事をしていた会社では日本製の遊漁船を船長ごとバリ島に運んで、バリの海を舞台に、観光客を対象にイルカの大群を見せたり、フィッシングを愉しませるツアーを催行していた。

 日本の漁船には当然ながら利器が積まれている。魚群探知機はもとより、GPS(衛星を使った)航法も可能で、土地の漁師が適当なところで手釣りをしているところなどには船を停めず、魚探が示す場所にだけ停船してはフィッシングをさせ、もし釣れなければ、場所を変え、釣れればGPS画面にX文字を記入、何が釣れたかを記録した。

 バリの南の海は意外に深い上に流れが速く、透明度はあまり良好とはいえないが、そのことはプランクトンが大量に存在することを暗示していた。事実、この漁船を使って釣りに出、釣果がゼロという経験はまったくなかった。

 初めて乗船させてもらったときのこと。

 電動リールのついた竿を持ち、糸の先には5本の針にイカやアジを餌につけ、重い錘(おもり)を海に放り込んで、底をとった瞬間、太い竿がぐーんとしなった。「魚に食い気さえあれば、一本目からいきなり魚信がくるが、慌てて合わせずに、魚がしっかり餌をくわえるまで気長に待つのがコツだ」とは予め船長からもらったアドバイスだったが、ややあって電動をオンにしようとすると、船長が「待って。もうちょっと時間をかけて」との指示。あっというまに次の魚信がきて、竿はさらにひなりを加え、効かしていたドラグが空回りを始める。

 「いいだろう。ドラグ効かせながら、電動を入れたらいい」との言葉を耳に、オンにすると、空回りしながら、獲物は緩慢に、しかし確実に上がってくる。30分後に海面に浮いたのは、80センチのアカムツと、60センチの真鯛。真鯛は青い海の上で赤い魚体に黄金色をきらめかせ、釣果の快感を倍化する。

 第二投目には大きなカンコ(カサゴの仲間)が、第三投目には3Kgのグルーパー(ハタ)が上がり、日本の海では経験したことのない釣果に欣喜雀躍した。

 同行したTさんにはカンパチが、Fさんにはフエフキダイが、Iさんにはアオダイがといった釣果。

 ある日、同行者のなかに佐賀県出身のHさんがいて、少年時代からの釣りキチで、五島列島まで真鯛を釣りに出かけたと話していたが、Hさんを初めて同行したとき、魚信がきたとき咄嗟に合わせたところ、上がってきた針には獲物も餌もなく、船長が笑いながら「ダメだよ。日本でやるようにやったら。バリの魚はバリ人とおんなじで、のんびりしてるから、じっくり食わせないと」との言葉に周囲は苦笑い。

 なかに、寿司職人のMさんがいたが、この人が釣りに関しては最も熱心だった。理由がある。釣れた獲物はすべて彼の店に運びこむ。私たちは夕方の6時になるのを待って、友人、知己を誘い、店に赴く。その日に釣った魚を食べるかぎり、料金はフリーで、他の品やドリンクはメニュープライスを支払うという約束だった。そして、Mさんにとって最大の魅力は食べきれずに残った魚はすべて彼の意のままに使えたことだった。つまり、その日以外の私たちや他の客に寿司として売ることができ、バリでは仕入れたくとも仕入れることのできない魚が入手できたことに彼は喜びを隠さなかった。釣りに出て、釣果が悪かったということはまったくなかったことで、この関係はMさんがバリ島を離れるまで続いた。

 Mさんは現在香港で仕事をしているが、バリでの釣りがいかに贅沢なものだったか、後日になって納得したといったが、私たちは寿司職人を同行し得たことそのものが贅沢だったことを当時から認識していた。

 バリの海は深みに冷たい水が流れているらしく、釣った真鯛には脂がしっかりのっていて、美味だった。後日になって、「日本近海では表面温度は熱帯の海より冷たいが、深い海の温度は熱帯の海のほうが冷たく、日本近海のほうが暖かい」ということを知った。

 ただ、日本の釣りのように一種類の魚を狙う釣りではなく、外道などという言葉もなく、何が釣れるかは同じポイントで停船しても、その日その日で釣果の内容が異なることを知った。水深は浅いスポットで70M、深いスポットで160Mほど、ときには流れが強すぎて、釣りにならないスポットもあるが、GPS画面にマークされたスポットは30箇所以上に及んでいた。

 船が帰港すると、多くのバリ人が群がってきて、長さ1.20メートル、幅50センチ、高さ60センチの大型クーラーボックスに一杯の釣果を目に、羨望の底に明らかな不快を示した。以後、現地人の前でクーラーボックスを開くことを禁じた。


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