グローバル家族と男の趣味

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アジスアベバ

 長年交際している家族に、一家全員がグローバルに動き、地球上を股にかけて生活している家族がいる。

 奥さんのNさんは、むかし私がアメリカ観光客を相手にして、巨大オペレーションを帝国ホテルを舞台にハンドルしたときアシスタントをしてくれた人、当時はまだ学生だった、終始快活で、物怖じしない性格の女性。

 3か月に及ぶオペレーションが終わったとたん、彼女は「アメリカに行ってきます」という。「どこへ? なにしに?」という私の質問には、「ボストンへ、製薬会社の日本人が出向で行っているので、お見合いに」と応えた。「国際派がお見合いか?」と思ったが、賛成も反対も口にできる筋合いではなく、黙って了解した。

 しばらくして、「結婚しました」との通知。現地に赴いたとき、アメリカの某チャーチを使って結婚式を挙げてしまったという手間回しのよそには驚いたが、その折りに撮影した写真が送られてきた。

 以後、三人のお嬢さんに恵まれたが、家族が東京に戻り、成長すると、娘さんたちはいずれも海外協力隊やJICAの隊員になって、バリ島へ、ジャカルタへ、マレーシアへ、アフリカへ、中南米へと、発展途上国に散り散りになりながら、海外の仕事に従事、雄飛した。海外生活の経験と言語能力と母親から受けた遺伝子が、そうした生き方を志向し、模索させたのかも知れない。

 そして、つい最近、Nさんから電話をもらったので聞いてみると、娘の一人はボストンで結婚し、一人はエチオピアの首都、アジスアベバで旦那と暮らしていること、さらにもう一人はオランダのロッテルダムでやはり結婚して生活しているとのこと。見事なグローバリズム家族というほかはない。Nさん夫婦には孫までができ、時々娘たちの家庭を訪問することが無上の楽しみになったものの、それぞれのデスティネーションとの距離を考えると、加齢とともに、今後相当に疲労するだうことも暗に言葉の端ににじませた。

 沖縄にいたころだった。上京したしたとき、東京のご自宅に泊めてもらい、その折り、製薬会社に勤務する旦那に初めてお目にかかり、その趣味の意外性に驚愕、かつ惚れた。なんと、世界を旅するたびに、その土地の砂か土を少しだけ小瓶に入れて持ち帰り、小瓶には小さな字でタイプアウトし、ピックアップした土地の名と年月日を記してある。小瓶の砂には、白、黄色、砂鉄、鉄鉱石の混じった赤い砂など、それぞれが個性的な色合いをなし、見ていて飽きがこない。

 自分が出かけなくとも、娘たちが世界に散っている。お土産は砂か土でいいと知っているから、ビニールの袋にちょっとだけ入れて帰国すれば、父親は喜ぶ。お金のかからない趣味というだけでなく、元々は製薬会社の人間、透明な小瓶なら幾らでもある。

 旦那の趣味に触れた瞬間、「おれにだって、そうしようと思えば、できた趣味だったな」との想いと、「おれなら、海底の砂ですら持ってくることができた」などと、悔しい想いが胸をよぎった。とはいえ、砂や土に関しては、外国への持ち出しも、本国への持込も違法ではある。国内での移動については問題はないが。

 旦那には、ほかにも趣味があった。男の子に共通するコレクションだが、私が親しくしている男性で、みな中年か中年を越えた三人(東京、千葉、静岡と互いに離れていて、相互に面識はない)が三人とも、コインと記念メダルを収集している。自分が買いに行けなければ、家族に援けてもらってまで、コレクションを延々と続けている。いずれにも共通することは、死んでしまえば、娘たちあるいは妻が、即座に二束三文で売り払うか、売れないものは廃棄してしまうことが予想されることで、そのことを重々判っていても、コレクションをやめようという気にはなれないらしい。

 この、「犬が特定の場所を掘って骨を埋めておく行為」に似たコレクション癖は、女には理解できない。男が幾つになっても、ガキの範疇から脱却できないことを不思議にも思い、バカにもし、軽蔑もしている。そういうかれらのロマンを私は温かい目で見ている。なぜかって? 私にもガキそのものの趣味があり、女性から褒めてもらえるほど、質においても、内容的にも私の趣味が高尚であるという自信を持てないからだ。

 このグローバル家族、新年には全員が久しぶりに揃うのだと、奥様から連絡があった。

 上の写真はアフリカ東北部、エチオピアの首都アジスアベバ。

 下は、ボストン大学の卒業式(学生の数より両親家族の数の方が多い)と、ロッテルダムの街の風景。

ボストン大学ロッテルダム風景


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