バリ体験記「ジャワ更紗」

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「バリ体験記」  「ジャワ更紗(さらさ)」

 「ジャワ更紗」の歌は戦前によく歌われたというが、ジャワ更紗と日本との繋がりはすでに平安朝の時代に存在したことを最近になって知った。

 「更紗」は現地では「バティック」というが、ジャワからボルネオを経、フィリピンから琉球、奄美大島を経て、九州に至り、京都に伝わったという。

 平安朝の皇族は絹製品を主に着用していたため、長期間の存続に耐えられず、現今に残っているものはないのに比較し、更紗は木綿であったため、平安時代にジャワからもたらされた布の破片、端切れが現在でも存在し、当時の遠距離を経由しての伝播が理解できるだけでなく、それらの端切れが今では相当の価格で、骨董的な評価対象になっている。

 奄美大島で有名な「大島紬」は高価だが、これも、ジャワ更紗の影響を受け、さらには日本の絣(かすり)に影響を及ぼしているという。

 むろん、バリにもバティックはあるし、土産点で売ってもいるが、オリジナリティはジャワだと思われる。

 また、日本を出発点とし、フィリピン、シンガポール、ボルネオ、インドネシアに逆に伝わっものもあるに違いない。

 インドネシアと日本との関係は意外に浅くないことをあらためて知った。「ブンガワン・ソロ」という歌も戦前よく歌われたという。

 


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