バリ体験記・44「赤子との養子縁組」

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「バリ体験記・44」


 「赤子との養子縁組」

 私がバリで仕事をしていたとき、秘書をしていた女性が7年前に結婚したのだが、当時は夫となった男性も同じ職場にいたが、現在は一流ホテルに転職している。彼女のことは以前のブログでも書いたが、日本人の血ガ4分の1入った、いわゆる「クォーター」である。

 女性は元々は日本語ガイドを目指していたのを、社のスタッフとして迎え、私の秘書として使っていたから、日本語はそれなりに理解できる。また、夫は大学で日本語学科で勉強していたから、当然とはいえ、日本語の読解力も会話能力も妻を上回っていて、ホテルでは日本人客への対応を任されている。

 この二人から連絡が入り、結婚後7年もしたが、子共ができず、他村で不倫の結果出来てしまった赤子を貰ってくれる人を探している若い女性の存在を知り、誕生と同時に貰い受ける約束をしたことは知らされていたが、昨日、夫からメールが入り、赤子が予定より少し早めに生まれ、早速現地に出かけ、赤子を貰い受け、法的な手続きも終了したとの報告があった。

 赤子を貰い受けた後、女性は会社を辞職したのかと憶測しつつ、夜に二人の自宅に2日連続して電話したが、誰も受話器をとらない。そこで、昼間、女性の会社の方に電話連絡を入れたところ、二人とも仕事を辞めることなく、赤子ともども女性の父親(逝去している)の弟の家に移ったとのことだった。叔父の家は彼女の母親の住居の隣にあり、昼間は叔父の家族と母親とが協力して赤子の面倒をみ、二人は会社に出かけるという毎日が続いているという。

 本当の母親とは離れた生活である以上、母乳を与えることはできず、ミルクで育てることにしたが、こうした大家族主義の継続している発展途上国であるからこそ、協力が得られ、赤子を仕事を辞めずに育てることが出来るという土地柄に、あらためて貧富の差を越えた心温まるものを感じた。

 私は一昨年、この夫婦を日本に招待し、東京、千葉、静岡、京都を回って、旅行を共にしたが、ちょうど桜が満開の時期で、二人は十二分に日本滞在を堪能して帰国していった。

 赤子が無事に、かつ健康に育つことを願っている。


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ