世界史・パート20「ポーランド」

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ポーランド

「世界史」パート20

 ポーランド(左がドイツ/右上がロシア)

 現今「いじめ」の問題がしきりに議論されているが、国としてポーランドほどいじめられ続けた国はそうはない。

 北はバルト海だが、北東はロシアと独立したリトアニア、東は、これもソ連邦解体後に独立を果たしたベラルーシとウクライナ、南にチェコスロバキア、西にドイツといった具合に国境を接し、国土のほとんどは平原であるため、多国による侵入をしばしば受けてきた。

 とくに、西のドイツと北東のロシアという強国に挟まれ、都合三度にわたって人口を含め土地を分割されたばかりか、二度も、国家そのものが消滅したという切ない歴史をもっている。

 第二次大戦後のヤルタ会談の結果、現在の地(かつての領土より狭くなっているのは、北東部分をソ連が返却しなかったから)が決まり、ソ連邦解体後、1980年代の後半に入って民主化が進み、共産圏から脱した。

 迫害を受けた多くのユダヤ人をも受け容れたが、領土を勝手に分割された折りにロシア側に入っていたユダヤ人はスターリン時代、さらなる虐待を受ける。

 ポーランドの切手を見ると、「Polska」と書いてあるが、ポーランド人は自国を「ポーランド」とは言わず「RzeczpospolitaPolska」、「ジェチボスポリタ・ポルスカ」と呼ぶ。 こうした日本語表記のいい加減さは、ポーランドに対してのみならず、多くの国の名称に求めることができ、日本の地理どうりに発音して相手に通ずることはほとんどない。メキシコだって、メキシコ人は「メヒコ」というし、イギリス人だって、自国を「グレート・ブリトゥン」か「イングランド」か、「ユナイテッド・キングダム」と呼び、イギリス」などと呼ぶイギリス人はいない。

 ポーランドの有名人といえば、アメリカに移民した「マリ・キュリー」、いわゆる「キューリー夫人」、物理と化学を専攻した学者。

 一般に、ポーランド人は勤労意欲が強く、最近、日本企業の進出、投資が激増している。

 また、ポーランドの女性には美形が多いとも仄聞するが、過去の歴史のなかで混血したケースが多発したせいかも知れない。


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