世界史・パート5「アイルランド」

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アイルランドの人々

「世界史」パート5 アイルランド編

 グレートブリテ島とアイルランド北部とを合わせた範囲が現在のイギリス領土。

 イギリス世界はゲルマン人のアングロサクソンとノルマン人との混血によって創られた民族。「ケルト人」との呼称はゲルマン人とアングロサクソン人との混血の過程で生まれ、紀元前5世紀、大陸からブリタニアと呼ばれていた時期に特に顕著なイメージをもつ。

 イギリスはスコットランド、ウェールズ、イングランド、北アイルランドと分かれ、スコットランドではゲール語を使っていた中世に至って、スコットランドとイングランドに姻戚関係が深まり、1603年、スコットランドの王女、ジェームズ6世がエリザベス1世の没後、イギリス王1世として迎えられ、18世紀に至り、はじめて正式に合併した。

 プロテスタントに改宗したイギリスに対し、カトリックを信奉するアイルランドは対立関係に入り、1649年、イギリスのクロムウェルによってアイルランド全土に遠征、武力によって殖民地化し、その状態が8世紀にもわたって続いた。

 19世紀、アイルランドの反英感情が高まり、アイルランドの主要部は1922年に独立を勝ち得た。1949年、完全独立が成り、アイルランド共和国が成立。これに対し、北はイギリス領のままでよいとする民に反し、一部はIRA(アイルランド共和軍)の組織的テロ活動を繰り広げた。(残骸も残滓も現在なお残っている)。

 アイルランドは地域により貧富の差が激しく、アメリカへ移民した数もかなりあり、一般に「アイリッシュ」と呼ばれ、過酷な労働を強制された例が多く、コケイジャン(白人)のなかで最下位の地位に置かれた歴史をも持つ。当時、アイルランドには「移民以外に輸出するものなし」といわれ、貧しい国というイメージが抜きがたくあった。

 1845年に始まる「ジャガイモ大飢饉」では、100万人を超す人が餓死した。この事態も海外への移民を促進することに繋がったが、英国、米国をはじめ海外に散らばる移民や子孫は5千万人以上とされる。米国の大統領、ケネディもレーガンもアイルランド系。

 1980年代に至り、「教育立国」との標語を掲げ、国民の能力開発に優先投資。いまや、この島国に集積された「知と個性」の密度は驚くほど高い。「辺境と逆境とが独立心と自尊心を磨き、どこにもない個性を育み、グローバル時代に適合するDNAが備わっている」とは朝日新聞のコラムにある。

 現在、アイルランドは先端技術に総力を挙げて取り組み、国民を鼓舞、将来の文明へとしっかり視線を据えている。

アイルランド地図
西欧地図(緑色の部分がアイルランド)

アイルランド国章
アイルランドの国章


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