世界史・パート15「アメリカ」

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自由の女神

 アメリカがコロンブスによって発見されたという説には異論もあって、現在アメリカの学校では「コロンブスがアメリカ大陸に到達した」と教えるようになったといわれるが、「説」ということなら、中国人の方が先に発見したという説を裏付ける遺跡を示唆する例もあるし、北欧のバイキングが発見したという強力な説もある。とはいえ、コーカソイド(白人)や中国人よりはるかに早い段階で、現シベリア東部に住んでいたモンゴロイドがベーリング海峡を渡り、北米大陸から南米大陸の端まで達していたことは歴史的な事実。(2005年7月に書評した「モンゴロイドの道」参照)。

 開拓の初期、ニューヨーク州の一部はオランダ領、ヴァージニア州の一部はスウェーデン領、カナダ東部、五大湖周辺、セントルイス、ルイジアナなどはフランス領、フロリダ、テキサスはスペイン領、カリフォルにはメキシコ領だった。イギリス領は、東海岸に集中、ニューイングランド、マサチュセッツ、ニュージャージー、キャロライナ、ヴァージニア州の一部であったが、オランダ領、スウェーデン領がまずイギリスの植民地として吸収され、13州が1776年独立宣言してイギリスと戦争状態に陥る。

 1783年、パリ条約で、アメリカとして独立を承認され、フランスが領有していた地域の、カナダ以外の土地とスペインの植民地も買収。19世紀には、西部開拓を盛んに行い、スペイン領のテキサス州を一方的に併合、1846年にはメキシコが領有していたカリフォルニアを武力で支配下に置いた。同年、オレゴン州を手放さなかったスペインから太平洋岸の北部を得、アラスカをロシアから買収、ハワイを併呑、オレゴン州も我が物ととし、現在の形がほぼ整う。ただ、その間、東から西へと開拓団を送り続けた歴史のなかには、グランドキャにオン、イエローストーンを発見し、ネヴァダ州ではデス・バレーで何人もの開拓団の人が死んでいった史実も忘れてなるまい。と同時に、開拓団に付き添う騎兵隊が多くのインディアンを殺した歴史も消すことはできない。

 その後、スペインと戦争になり、これを駆逐することで、グァム、フィリピンをも統治下に置く。

 以後、移民がヒスパニック系、アジア系と増えるにつれ、奴隷制度のなかでアフリカから送られてきた二グロイドを含め、アメリカの人口を構成する人種的な色分けが段々に変化する。とはいえ、イギリス系移民、WASPがこの国を牛耳っていることに変化はない。ただ、アメリカ在のユダヤ人が金融、貴金属、不動産などを掌握しているため、アメリカ政府は、人口的には少数ながら、常にユダヤ系移民には気を使っている。イスラエルに核の保有を認め、ミサイル、その他の兵器を大量に送っているのはそうした後ろ盾があるからだ。

 コーカソイドで最下位に置かれていたのがカソリック教徒のアイルランド人で、12世紀からプロテスタントに改宗したイギリスにいじめられ続け、当時の欧州では最貧国だったことがアメリカへの移民を促進したかに思われる。その後に中国人、日本人、ヒスパニック系が入植したことで、アイリッシュの社会的地位は徐々に上昇する。

 ただ、原住民であったインディアンは居留地を与えられ、ほとんど隔離する状態に置かれているが、「カジノの開設は自由」という権利だけはある。


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