痛かった体験を披瀝

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 痛みに関しては、男は到底女には勝てない。それは出産という経験がないこと、毎月血と無縁でない男になんか、わかるような痛みではないと、ほとんどの女がほざく。

 そこで、私は過去に経験した痛かったことをここに披瀝しておこうと思う。

1.小学生の低学年のころ、むかしはよく雪が降ったが、学校の校庭で雪合戦が行なわれた。膝までの積雪だったため、膝下の様子が判らず、投擲される雪玉をよけるために校庭の隅に寄った瞬間、ふくらはぎに猛烈な痛みが走った。見ると、そこには有刺鉄線が張られていた。

2.同じく、小学生の低学年のころ、当時は下駄をはいていた関係で、スポーツはすべて下駄を脱ぎ捨て、裸足でやるのが常だったが、野球をやっていたときのボールがブッシュにころがりこんだため、私は思い切り走っていって、ブッシュに飛び込んだとたん、右足裏に何かがぐさっと突き刺さった。見ると、斜めに切断された直径

1センチほどの竹で、そのまま医者にくるぶしを使い歩いて行った。おかげで、数週間、学校をさぼることが出来た。むろん、ものすごく痛かった。

3.小学校の高学年のころ、カクレンボをしていたとき、新築中の一戸建ての家に飛び込んだとき、足を閾(しきい)に引っ掛け、前方に転倒、眉毛と目のあいだを思い切り縁台の淵にぶつけた。顔の傷からは流血がひどく、着ていた白いシャツは見る間に真っ赤に染まり、囲いのない高校のグランドを歩いていくあいだ、多くの人が目を三角にして見ていたが、私はそのまま歩いて医師のところに行き、2針縫ってもらった。これはぶつけたときの方が縫うときより痛かった。

4.中学生のとき、弟を後ろに乗せた自転車で思い切り、舗装されていない砂利の坂道をカーブしたとき、ずるずるとタイヤをもっていかれ、私と弟とは10メートル以上も、砂利道の上を横倒しのまま滑降した。自転車を近くを歩いて登校中の友人に頼み、二人は歩いて学校の医務室に飛び込んだ。二人とも、腕、膝、大腿、足にすり傷がひどく、包帯姿がしばらくは自慢だった。

5.同じく、中学生のとき、私は鉄棒から落下、右腕を脱臼骨折をした。近くの柔道家上がりの形成外科に行くと、太い腕でバクンと入れなおしてくれがが、「毎日風呂に入って、腕をうごかしなさい、そして毎日ここに通ってくるよう」に言われたが、その医者には一度も行かなかった。貧乏で金がなかったからだ。

6.高校生の頃、雨戸を思い切り引いて雨戸を収納する雨戸袋に入れたところ、雨戸を抑えていた手までが雨戸袋のなかに入ってしまい、思わず「いてー」と叫びつつ、ゆっくり雨戸を引き、手を抜いたが、この時の指の痛さはいまもまざまざと脳裡に残っている。

7.大学生のころ、川崎製鉄と呼ばれていた時代、紹介されて夏休みに肉体アルバイトをした。あるとき、貨車に品物を積み込んだ直後、5人がかりで、声をかけあい、一斉に横腹の垂れ下がっている(トレーラーなどと同じ種類のものだがはるかに厚くて重い)蓋を一気にどしんと挙げたとき、端にいて手伝っていた私は親指を挟んでしまい、ほとんど潰れた状態、急いで会社の医務室に行き、ことなきを得たが、痛かったというレベルでは上記の痛みを超えるものだった。

8.大学時代、知らぬ相手と東京の水道橋で麻雀をやっていたとき、相手方がぐるになっていることに気づき、当時腕力に自信のあった私は複数を相手に殴り合いの喧嘩をした。その途中、私の拳が相手の頬をかすめ、勢い余ってガラスのなかに突っ込み、まるでリストカットしたような具合、血が噴き出した。それで喧嘩は自動的に治まったが、外科に行った私は、「6針は縫わなければいけませんが、麻酔をかけましょうね」との提案に反発、「これは自ら招いた身のほど知らずの喧嘩の果てのこと、麻酔は必要ありませんので、私が凝視する目の前で針を使い縫ってください」とお願いした。「そう、相当に痛いと思うが、我慢するんだな?」と医師は言い、私の希望通り、麻酔なしで6針縫ったが、痛みにはさすがに涙が出た。釣りに使う針に似たもので、上下に分かれた皮膚を一方を引っ掛けるたびにペンチで引き、その後再び一方に引っ掛けてはペンチで引くという作業をくりかえしたが、決して目をそらさずに凝視し続けた。そのときの情景が今でも頭に浮かんでくる。

9.沖縄でスクーバダイビングをしていたとき、テーブルサンゴの下に隠れていた鬼ヒトデをもろに掴んでしまい、すぐ浮上して船に上がり、一本、一本、棘を抜いたが、一本だけは爪の下に入っていて、段々に腫れてくる。いったん帰宅したあと、外科に行くと、細いピンセット状のものを爪のあいだに突っ込まれ、思わず「いてー」と叫んでしまったが、医師は顔色一つ変えず、ぐりぐり動かして、ようやく棘を抜いてくれた。一緒に行った潜友が、傍で大笑いしていたのが忘れられない記憶となった。

10.40歳のとき、右大腿のリンパ腺のあたりに突然強烈な痛みが走り、一夜眠れずに過ごし、翌日、大学病院に駆け込んだ。結石の可能性を調べるため造影剤で診たが結石の可能性は消えた。骨折の可能性を見るためにレントゲンを撮ったが、骨折もなかった。その後、CTスキャン、MRとチェックを継続したが、結局、原因が判明せず、お手上げ状態のまま帰宅した。以後、民間療法も試したが、いずれにも効果はなく、仕方なく、痛みとの同居に慣れることに腐心、現在に至っている。不思議なことは、湯に浸かったり、暖かいシャワーを浴びると痛みから解放されることだが、この痛みから解放されたら、どんなに楽かと常時そのことが頭から去らない。


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