水中世界への挑戦「ケース1:富士山麓の陥没湖を測量した経験が遺体の捜索に役立った」(その2)

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 語り手:静岡県島田市在H氏(作業潜水士)

富士山麓の陥没湖(化石湖)を測量した経験が遺体の捜索に役立った(その2)

 この日、午前中にあとニ本潜って、ステージごとに測量し、そのことだけに集中、昼になって持参した弁当を食べ、午後さらにニ本潜って測量を終えた。

 その夜、自宅で計測資料をまとめつつ、それに基づいてサードステージまでの地下水路の平面図と側面図を大まかながら描きあげた。

 一週間後、約束通り図面を持って役場を訪れ、撮影した水中写真を添えて村長に差し出した。

 「こんなによくやってくれて、ありがとうございました。うーん、なるほど、あの窪みのなかっていうのは、こんなふうになっているんですか。ふん、ふん」

 村長は成果を喜んでくれ、機嫌よくそう言いつつ、私の労をねぎらってくれたり、感心したりした。

「で、きょうもまた潜りますか」

 村長は私が車で持ち込んだ潜水機材を目に、そう訊いた。

「はい、そのつもりです。その地図で書いたサ-ドステージの先まで行ってみるつもりです。その筋からせっかく頂いた認可ですから」

「気をつけてくださいよ」

 村長は心配してそう言ったのだろうが、私自身は好奇心のかたまりで、レギュレーターと命綱をそれぞれ一本ずつ余分に持ち込み、むろんスペアのタンクも用意して、新たなチャレンジに燃えていた。

 ファーストステージからサードステージまで、一週間まえに五本潜って知悉している地底を一気に通過した。ロープとレギュレーターを装着したスペアタンクを自分の体ごと引きずりながらの侵入だから、通過後の穴が濁りに濁ることは覚悟のうえだ。そして、サードステージを越えたところで予備のロープを結び、先端をベルトにくくって、自分に気合をかけた。いよいよ未踏の世界に踏み込むのだと思えば、胸はいやがうえにも高鳴る。

 前回ロープがいっぱいになってストップを余儀なくされた穴に到着すると、もう一度気合をかけて侵入を開始した。と、大きなブラウンバスがまるで「後に続いてこい、先導してやる」とでもいうように、私の先を泳いでいく。

 あっという間に五十メートルの予備の命綱が限界に達したのは、通路がほとんど一本道で、迷ったりためらったりする必要がなかったからだが、ブラウンバスの案内に助けられたことも無視できない。

 その地点、つまり湧池から百メートルの地点で停止し、しばらくどうするか思案したが、「迷わずに行け。行けるところまで行ってみろ」との声が私を駆り立て、急きたてる。

 よし、一本道が続くかぎり、枝岐れがないかぎり、先に行ってみようーーーー。

 命綱がなくとも複数の穴さえなければ、ロープから手を放しても、ここまでの帰還に窮することもないだろうとの判断が私にあった。そのうえ、こういうこともあろうかと、私なりに用意してきたこともある。コンパス、水中ノートのほかに、長さ三十センチほどの、先端を鋭利に削った木の棒を二十本ばかり紐でくくって持参していたのだ。

 ちょうどエアの残量もレッドゾーンに入ってきており、ここで予備のタンクに交換、ガイドロープの先をナイフにしっかり結わえ、底に突き立て固定してから前進した。もし、このロープがナイフから外れて大きく動いてしまったら、帰路は手さぐりでの移動になる以上、生死の問題になることは疑問の余地がない。

 ライトの照射する前方は見えるかぎり澄みきっていて、怖れていた枝岐れもなく、私を逡巡させる障害はまったくなかった。底を這いつつ、匍匐(ほふく)の数で持参してきた棒を抜けないように地面に突き立てては進み、左右上下に曲がりがあるたびにコンパスで曲がりと勾配の角度をチェックし、それをノートに記した。

 底の水深は十メートルに落ちたかと思うと、七メートルにまで上がったり、そういう段々を三つ昇降し、距離にして六十メートルほどやって来た。湧池から勘定すれば百六十メートル地点まで達したことになる。「あれっ」と思ったのは、すぐ前方のチューブがお地蔵さんの顔のようにやや縦長のふっくりした形に変化したことだ。地蔵に向かって三歩、四歩と手で這ったとき、不意に広々とした水の空間が私の目の前に出現、はっとしてその場に釘づけになった。ライトを四方八方に向けてみたが、照射にぶつかるのは近くの天井と右側の壁だけ、底は私の眼下にどっと落ちて、肉眼では捉えきれない。とてつもなく巨大な拡がりがそこに存在することだけはひしひしと伝わってくる。

 これこそ専門家の言う「陥没湖」とも「化石湖」ともいう地下湖であろうという確信とともに、宝永の噴火で溶岩に埋められた水空間かも知れないとの思いも胸に湧き上がった。「おれは陥没湖を、化石湖をこの目で見たぞ」という感動が胸に溢れ、水また水の世界を体を硬直させたまま凝視し続けた。あらためてライトをあちこちに向けてみたが、光芒は澄みきった水のなかで躍るばかり、いま目のまえにあるこの水空間に地質学上も歴史学上も幾多の曰くと秘密が埋まっているのだと考え、しかも、それを直に見たのは自分だけかも知れないと思えば、感激にも興奮にもひとしおのものがある。

 ブラウンバスにとって、ここは通過地点の一つに過ぎないのだということがおぼろげながら想像できた。かれらはこの大きな広がりからさらに進んで、地上に水面をさらすほかの湖や池まで到達しているにちがいなく、往復を重ねてもいるだろう。「魚は知っている」そう考えるのが妥当なのだと、あらためて思った。

 ロープなしのまま、まさかこの広い水空間に体を躍らせたり移動したりはさすがの私にもできなかった。

 不安が私の脳裏をかすめたのはその直後である。通過してきたチューブに横道や枝岐れがほんとうになかったかどうか、見落としはなかのだろうかという惧(おそ)れである。底に突き立てた棒だって浮いてしまったら役をなさない。こんなところで落ち着いている場合じゃないと思ったとたん、恐怖がじわじわと胸にこみあげ、私は来た方向に向き直るなり、思い切りフィンを蹴り出していた。そうなると、通過してきたところの泥が崩壊することだってあり得るという、よけいな妄想までが胸をしめつけ、呼吸まで荒くなった。それこそはロープなしの閉所潜水につきまとうダイバー心理であったかも知れない。

 幸い、帰路をかせぐほどに泥煙はすでに沈殿していて見通しがよく、私の埋めこんだ木の棒も一本たりとも浮いていたりせず、順路をはっきり示している。棒を一本、一本抜いて回収しつつ、池から百メートルの地点まで達し、そこで持参してきた機材をひとまとめにすると、ふたたびそれらを引きずり、こんどはガイドロープに頼りつつ池へと急いだ。地下に眠る巨大な空間を実際に見たあとの陽光はことさらにまぶしかった。

 この埋没湖とも陥没湖ともいわれる豊かな水中空間を私が見たのは結局のところ、このときが最初で最後になったが、その光景は脳裏に深々と印刻され、網膜にもしっかり灼きつけられて、以来、何年もが過ぎたいまでも忘れることはない。

 このときから一年後、NHKに協力して、湧池での撮影を行なったが、後日になって放映した番組では富士山麓にまつわる地質学的な謂れから、ここ特有の水の世界にまで、かなりアカデミックな説明が入り、こうした内容の番組を好む視聴者には評判がよかったと聞いた。しかし、後になって考えてみれば、この放映こそがそれを目にした別のプロカメラマンの心を引き寄せる結果となり、ひいてはあの惨禍を惹起(じゃっき)することになったのだと思えぬこともない。

 長い話になったが、以上がこの日までの私と忍野八海とのかかわりのすべてであり、私とこの池との因縁がどう形成されたかも推し量っていただけたと思う。

 やっぱり、おれが出向くべきじゃないのかーーー。

 熱海でのダイビングから帰宅したあと、そうは思ったものの、捜索隊はもとより忍野村からだって探索への協力を依頼してきたわけでもなく、ここで出しゃばるのもおかしなものだという躊躇(ためら)いが胸にある。

 シャワーを浴びたあと、背を柱にもたせかけながら自問自答するうち、熱海でのダイビングからくる疲れもあって、ついうとうとした。

 と、部屋の隅に人影がある。暗がりを凝視すると、人の影は男のように見えた。

「迎えにきてくれませんか」

 低く沈んだ声が響き、あぁやっぱり男だと思いつつ、

「あんた、なんで、そんなところにいるんだ」

 と話しかけると、全身を真っ黒なスーツで包んだ男は黙ったまま膝を畳にすりながら私ににじり寄ってくる。がっちりした筋肉質の体形で、丸顔に必死なものを浮かべている。

「迎えにきてください。穴から私を出してください」

 男はそう訴えるように言った。

「あんたは、いったいだれなの」

 と、声をかけようとした瞬間、目が醒め、気がつくと、全身が汗でびっしょり濡れていた。

 夢に出てきたのは忍野村の湧池でまだ見つかっていない男ではないかという気がしきりにした。だとすれば、今日の捜索も実りなく終わったに違いなく、やっぱり手伝いに行ったほうがいいな、村長に電話を入れようと思って立ち上がろうとしたが、なぜか体がふらふらするばかりか、頭もぼんやりしている。

 私以外、誰もない部屋で、足を踏みしめてようやく立ち上がると、電話が突然のようにけたたましく鳴った。

 「わたしですよ、忍野村の」

 受話器から聞こえた第一声は明らかに天野村長の声だった。不思議なめぐり合わせに胸にどきっとするものを感じながら、

「いま、わたしも電話しようと思っていたところでした」

 と、夢に見た一部始終を話すと、

「そうですか、やっぱり、あんたを呼びに行ったんだ。いつまで経っても、埒があかないから」

 と、村長はわが意を得たりという声音で、そう応じた。

「捜索が長引いているようですが、今日もダメだったんですか」

「そうなんだ。今日も成果なく終わった。あんたに早く来て欲しかったんだけど、捜索している連中も行方不明のダイバーとは友達らしくって、いっしょうけんめい頑張っているし、みんな名の知れたプロだからプライドもあるだろうと思って、わたしとしても余分なことはいえなくてね。それで、この三日間は黙ってみていたんだけど、どうにもすっきりしなくてね、今日また一日が無駄になってしまってさ、行方不明になっているダイバーの家族のことを考えたら、私もこれ以上黙ってはいられなくなったというわけだよ」

「それで、捜索している連中はわたしを呼ぶことに納得したんですか」

 捜索に協力している連中のなかにはテレビにもしばしば出演するダイバーがいるし水中写真をしばしばダイビングの雑誌にも発表している。そういうプロ意識が、むしろ、事態をややこしくさせているのではないかと推察した。

「三日も探して見つからないから、さすがに納得してくれましたよ。そこで、ぜひ時間をつくって来てくれないかね。あそこの池から飲料水をとってる家も困っていてね」

 私は作業潜水も行なうが、メインは農業で、人に使われている身ではなく、「あしたの午前中に、そちらに着くようにします」と即答した。

 翌日は七月もまだ中旬だというのに、暑熱が強く、車を現地に向けて走らせる道路も埃っぽく、白茶けていた。

(その3)に続く


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