水中世界への挑戦「ケース1:富士山麓の陥没湖を測量した経験が遺体の捜索に役立った」(その3)

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 語り手:静岡県島田市在H氏(作業潜水士)

富士山麓の陥没湖(化石湖)を測量した経験が遺体の捜索に役立った(その3)

 現地に到着し、捜索隊の人と思われる一人に姓を名乗ると、

「民宿のはんの木林が捜索本部になってますから、そちらへ」

 といわれた。

 本部には民放のテレビ会社のスタッフ三人のほかに、テレビでお目にかかる有名プロダイバー二人も混じり、警察の人を囲んでちょうど打ち合わせの最中だった。

 その場には、長年の友人を失った悲嘆と、なぜロープを持って入らなかったのかという詮無い愚痴と、三日間の捜索が無為に終始していることへの焦燥とがこもごも、ないまぜになって、よけいな口出しはできないといった空気が支配していた。というより、あまりに名の知れたプロが複数で協力しているために、それぞれに矜持があり、かれらから見たら半分素人みたいな私ごときにあっさり発見されたら沽券にかかわるといった雰囲気もあった。そう感じたのは私の僻(ひが)みだったかも知れないが、三日間の無為が「船頭多くして・・・」という状態から結果されていることは明らかなように思われた。

 捜索隊は駐在所の警察官が仕切っていたが、もとよりダイバーではないため潜水のことは門外漢で、民間テレビ局のディレクターNさんが事実上のチーフとして捜索にあたっていた。聞けば、行方不明になっているカメラマンは事故に遭う直前に、その民放の仕事でアリューシャン列島に出かけ、ラッコを撮影したとの話だった。また、その縁もあって、湧池への潜水許可も環境庁へお願いした経緯があったのではないかと想像した。つまり、Nさんがチーフを買って出ている背景には、責任感が伴っていたとみるべきで、協力しているプロ連中とは違った意味での焦燥があったであろう。

 「ライトをもっていたアシスタントの方はここで発見されたんですが・・」

 Nさんが私がかつて描いた図面をひろげながら示したところは、はじめて池に入ったとき侵入したチューブ状の奥行き十二メートルのトンネルですぐ行き止まってしまうところであい、ファーストステージからは至近距離にある。

 「二人はこれまでも、いつも一方がカメラをもち、一方がライトをもってというコンビを組んで潜っていたわけで、二人が離れたところいいるわけはないと判断してるんですがね」

 Nチーフの言葉は穏やかではあるが、物言いは断定的だった。

「しかし、この図面でいうファーストステージの周辺は、三日かけてくまなく探したんですが、カメラマンのKさんはみつからない。島田のHさん、あなたはここに何度も潜っていると聞いていますが、どう思いますか」

「ファーストステージには天井部分にも筒状の穴があるし、底のほうにも落ち込みがありますけど、そこは見ましたか」

「みのがしているところはないと思いますよ」

「とすれば、ファーストステージの周辺にはいないということでしょう。探索場所をセカンドステージからさらにサードステージにまで拡げて、やるしかないでしょう」

「いや、あの二人は、いつもいっしょに行動してるから、とんでもないところに離れていることはあり得ませんよ」

 そう言ったのはテレビ局の若いダイバーだったが、その意見はNさんはもとよりプロダイバーらにも支持されているようだった。

 そういう過去のことに拘泥しているから遺体が見つからないんだと言いたかったが、自分を抑え、

「それじゃ、わたしがサードステージまで行ってみてきますよ。そのほうが早い」

 私がそう発言したとたん、駐在所の警察官が立ち上がって、

「そりゃ、あんた、ダメだ」

 と、気色ばんで手を振った。

「なぜですか。捜索するために、わたしを呼んだんじゃないんですか」

「いや、いや、あんたに、もしものことがあったら、どうにもこうにも収拾がつかなくなる。このなかのことを一番よく知っているのがあんたなんだから、あんたはここで指図してくれればいいんだ」

「えぇ? わたしは潜っちゃいけないんですか」

 張り詰めていた気分がいっぺんにゆるんでしまう思いで、

「わたしが入ったほうが早いですよ」

 ともう一度言ってみたが、警察官は聞く耳をもたず、首を横に振っている。そこにいたプロたちも知らん顔して私の提案に反応しない。

 その日、私が示した箇所への探索が行なわれたが、Kさんは発見されず、またも一日が無為に過ぎた。

「あしたは、やっぱり、わたしが入りましょう。たいして複雑でもないし、入ってみればすぐわかりますから」

 私も多少の苛々を感じて、みなの顔を見ると、

「これまでの捜索で、われわれがかなりの時間、穴に入ってるし、気泡も溜まっていて、そのため壁も天井もかなりもろくなっているんだ。いつどんと落ちるか知れないって状況なんですよ」

 と、Nさんが説明する。

「とにかく、Hさんを中に入れちゃいけないって、県警の本部から言われてるからね。わたしとしてもOKするわけにゃいかないんだ」

 と、警察官も厳しい表情を崩さない。

「実は、あした、日立造船からカメラつきのリモコンロボットが借りられることになっているから、それをわれわれの代わりに入れてみますから。これ使えば、内部の隅々までわかるはずだし、そのうえ、なによりもわれわれの身も安全だし、二次災害のリスクもないから」

 Nさんが顔をほころばせて自信ありげに言ったが、正直いって、捜索を先端技術から生まれた機器に賭け、それに全幅の信頼を寄せることには、危うさこそ感じはしても、気乗りはしなかった。

 翌日、私が捜索隊に加わって二日目だったが、リモコンロボットが持ち込まれた。縦八十センチ、横七十センチ、長さ一メートル、高さ五十センチの本体に、二十八ミリレンズが装填され、お尻に推進力を得るためのプロペラがついている。

 一人がケーブルでロボットを操り、ほかの人間はモニターテレビでそれを見守るという段取りだったが、ロボットが底を這いまわるたびにプロペラが泥煙を巻き上げ、ときに視界の邪魔をしてしまう。泥の沈殿を待ち待ち、その日から三日連続して動かしてみたが、肝心のKさんはついに見つからず、捜索するダイバーらにも次第に焦りと疲労の色が濃くなった。そのうえに、実は、頼りにしていたロボットがアシスタントの遺体が発見された場所で引っかかり、捜索そのものが継続できなくなってしまった。

 「まいったな、ロボットはなんとしても回収しないといけないよ。あれはべらぼうに高額なものだし、それに、返す期限は明日なんだ。いや、まいった」

 カメラロボットを借用してきたNさんの嘆きは人一倍で、みな慰める言葉もなく沈み込んでいる。

「こうなったら、わたしが行きましょう」

 せっかく、潜水機材一式をも持参して忍野村までやってきて、指図をするというより、捜索隊の連中のやり方ばかりを見せられてばかりであり、私の苛立ちは頂点に達していた。お会いしたことはないまでも、夢枕にまで立って「迎えにきてください」と懇請してきたKさんの面影が私の脳裏から離れない。

「あんた、一人はやれないよ」

 Nさんが反射的そういうのに、私は口をとがらせた。

「いいですか、この入り口のあたりでケーブルを引っ張れば、ロボットは出てきます。奥に入る必要はないし、簡単なんです」

「しかたないか。じゃ、もう一人連れて入ってくれ」

 そう言ったのは警察官だった。

「同行するダイバーに言っておくが、Hさんの腰にロープつけて、その先をしっかりもってだな。もし、中に入りそうな気配がしたら、ロープ引っ張って行かせないでくれ。中にはぜったいに入れてはいけない」

 ロープで結ばれることにはなったが、それでもとにかく水に触れることが嬉しく、私は喜び勇んで池に入った。チューブに侵入し、予定した地点でケーブルを引いてみたが、ロボットはびくともしない。あれこれ苦心しつつ試してみたが、そうするうち太陽が西の空に傾いてきて、その日ロボットを回収できぬまま捜索を打ち切った。

 ロボットを返さなければならないという期限の早朝、口論があった。

「Kさんはアシスタントが発見された地点から遠いところには絶対にいない」という、これまで繰り返されてきた大部分の意見と、「これだけ探してもKさんはいなかったのだから、近くにいるはずだという推量は棄ててかかるべきだ」という私の意見との衝突であった。

 とりあえず、ロボットを回収することが先決ということになり、私は周囲でごちゃごちゃ言う人を無視、ロープでくくられることも拒んでチューブのなかに直行、すばやくロボットを引きずり出してしまった。

 そのあと、私は再び池の中に入ることを厳しく禁じられ、回収されたロボットだけを再び中に入れて遠隔操作しつつ捜索をスタートさせた。

 モニターで見ていると、ロボットを操作するスタッフは相変わらず、ファーストステージばかり見ており、私が「もっと先に」と執拗に指示しても、セカンドステージまでが精一杯で、サードステージなどはまったく考慮されなかった。警察官に「あんたは指図してればいいんだ」と言われたものの、その指図さえ私に自由ではなかったし、指図に耳を傾けようとするスタッフもダイバーもいるようには思えなかった。

 捜索を開始して一週間も無駄にしているにも拘わらず、「ライト係りはファーストステージの横に出ているチューブのなかにいたのだから、Kさんもそのあたりに必ずいる」という考え方を変えようとしないのだ。過去にKさんがアシスタントと組んでの撮影時に示したやり方というものが彼ら全員の脳裏に強くインプットされているのに違いないことは理解できるが、その手法から一歩譲って、あらゆる可能性に配慮する姿勢になぜ転換できないのか私には不可解というしかなかった。

 「あなたたちは、なぜそんなに頑固なの? なぜそんなに頑迷なの?」と言いたいところを辛うじて抑えていた。あるいは、途中から捜索に加わった私への反発もあり、それが胸にくすぶるあまり私の意見や助言には耳を貸したくないという空気が醸成されていたのかも知れない。

 その日、ロボット操作をする担当者が私の指図通りに動かしてくれたのは、Kさんを発見できぬまま時間が経過し、午後四時になってからだった。目を画面に釘づけにしながら、私が示すとおりにセカンドステージからサードステージへとロボットを動かしたがそれらしい人の影は依然としてなかった。それではと、ロボットをサードステージの落ち込みのほうに動かしてもらったときだった。

「ひゃ、やっちまった。また、動かなくなっちまった。あんな奥で動かなくなってしまって」

 操作していた担当が悲鳴をあげ、渋面をつくった。

「おれが行ってくるよ。心配いらない」

 私はロボットが動かなくなってしまったことをむしろ喜んでそう言った。

「待て、待て。そう結論を急ぐな。今日はこれで打ち切りにして、ゆっくり考えてみよう。日立造船のほうには、おれが電話して謝るから」

 Nさんの言葉に誰も異論をはさまず、その日も、つまり捜索がはじまって八日目も無駄骨をくっただけで、みな疲れた足を引きずりながら民宿に戻った。

 その夜、関係者全員が集まっているなか、私は声を張りあげた。

「あしたですね、、私がサードステージまで行って、ロボットを回収します」

 なにか言いたげな顔も目も無視し、語気を荒げて続けた。

「だって、こうなったら、それしきゃないでしょう」

 そのとき、駐在所の警察官が立ち上がって、

「泥が崩れた場合を想定し、小型のスコップを携帯して潜ってくれ」

と妥協しつつも、条件をつけられた。

 翌朝、待機するダイバーらと打ち合わせを行い、「カメラレンズのまえに手をかけたら、ロボットを止めてくれ。そして、カメラから手を放したら、ケーブルを引いてくれ」と頼んだ。

 池の淵に立ったとき、警察官が私の傍にやって来て、

「いいですか。ロボットをもって帰るだけでいいんだ。よけいなことは絶対にしないで真っ直ぐ帰ってきてくれ」

 と、頭を下げている。懇願といってよい姿勢である。私に万が一のことが起こった場合の責任問題を考えたのであろうし、二次災害はご免だという気持ちもあったであろう。職務上、そうした姿勢はやむを得ないことは解っているが、私の腹はすでに決まっている。

 「どうせ中に入るんだから、まわりをチェックしながらロボットのところまで行きますよ。私がこの中のことは一番よく知ってるんですから。しかも、捜索をはじめてから今日で何日かかっているかよくご存知でしょ?警察の立場というものもあるでしょう。遺族の方だって、今日か明日かという気持ちで待っているんですから」

 思い切り反発してみたが、警察官は何も言わなかった。

 ゲートからトンネルを抜け、ファーストステージからセカンドステージを結ぶチューブ状のトンネルへと体を進めていったが、どこも濁りが完全にはおさまっていなかった。そのうえ、天井には数日にわたる捜索で複数のダイバーらが放出したエアがおびただしい量で留まっている。テレビ局のNさんが指摘した崩落の可能性が充分にあり得ることをあらためて納得した。

 水の透明度も私がまえに潜ったときとは比べようもなく、不気味さ助長するばかり。それでも、あらかじめ頭にあった箇所を注意深くしらべながら進んだが、人間の姿を発見することなくサードステージまで来てしまった。

 「だったら、あそこに違いない」と思い、ロボットを落ち込みから引きずり出し、とおりあえず脇に寄せてから、思いついた箇所の奥に目を凝らしてみたが、そこにもKさんの姿はなかった。

 「ここにもいないとしたら、いったいどこに?」と訝りつつ、サードステージの内部を細かく見てまわったが、Kさんを発見することはできなかった。「まさか、遺体が泥のなかに埋まってしまったんじゃないだろな」と思いながらも、あるはずのものがないことに異様な感じもあり、怖いという気持ちまでが胸にしこってくる。

 もう一度、上下左右を丁寧に見てみたが、やはりというか、目的のものは神隠しにでも遭ったように消えてしまっている。仕方なく、ロボットだけでも回収して帰ろうと心を決め、そう決意すると、なんだか一刻も早く切り上げたくなった。

 帰心に急かされながらロボットに手を伸ばし、両手で抑えて向きを変えたときであった。目と鼻の先の、あの私を感動させた陥没湖に通じるトンネルのなかに黒い影がある。はっと思い、近づくと、それはまさしく夢のなかで会った男で、うつ伏せになった姿で水に浮き、じっとしている。瞬間、胸のなかがじんとし、しばらくのあいだ思考力さえ失せて茫然としていた。

 「やっぱり、Kさん、あなただったんですね。ようやく会えましたね」

 落ち着いてから、ゆっくりそう話しかけたが、むろん言葉が返ってくるわけはなかった。

 その後、私はカメラロボットのライトを点灯したうえで、モニターを見ている連中にもこの発見を知らせなくてはとレンズをKさんに向けた。そうしながら、ロープがないと彼を連れ戻すのは不可能であることを知り、ロボットカメラをとりあえず先に引き揚げることにした。

 「Kさん、あとでまたかならず来ますから、待っていてください」と告げ、レンズのまえから手を離してケーブルを引いてくれるのを待ったが、その気配がない。どうしたのかと、今度は私のほうからケーブルを引いてみると、とたんにぐいぐいと引いてくる。私はロボットを抱き、引かれるままセカンドステージからファーストステージへ、狭いトンネルではロボットをロープで引きつつ、池に出た。

 「おい、見たか? モニターで確認してくれただろ?」

 湧池の水面に出るなり、池の淵にいたスタッフに声をかけた。

 「なにをです?」


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