水中世界への挑戦「ケース3:海保に協力、地球岬での自殺者の捜索」(その1)

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 語り手:北海道室蘭市在N氏(作業ダイバー・インストラクター)

海保に協力、地球岬での自殺者の捜索(その1)

 季節がめぐって、ふたたび夏を迎え、室蘭にも観光客の姿が見られるようになった。

 海上保安庁の第一管区から「地球岬から飛びおり自殺した女がいるので、捜索に協力してもらえないか」との依頼を受けたのはその頃だった。

 正直いって「またか」との思いが胸に溢れる。今でこそ、海保には特殊救難隊まであり、警察も機動隊があって、水中での捜索を自らやる地域もあるけれども、この頃は潜水を業務としている我々のような人間が借り出されるのがほとんどの地域で共通したことだった。

 「人間遺体の捜索」という話が「ケース2」から続くことには心苦しいけれども、こういうケースもあるということで読んで欲しい。

 自殺者にしても事故死者にしても、これまでずいぶん捜索にかかわり、遺体の引き揚げをしてきたし、得意というのも変だけれども、長年の経験から勘が働き、該当地域の形状や潮流も参考にはするものの、たくさんのダイバーと一緒に探索に努めていても、ほとんど自分が遺体を見つけてしまう。

 そうした実績があるから、海上保安庁だけでなく、警察からも消防署からも捜索をしばしば頼まれる。しかし、いくら慣れているからといっても、人間の死体を水中に、とくに透明度や透視度の悪い夏という季節に捜索するのは気分のよいものではない。人間の死体捜索という作業に慣れなどという気分は決してないのだ。依頼される都度、「いやだな」と思うし、断われるものなら断わりたいとも思う。

 イタンキ浜の桟橋から現場までボートでやってくると、海面から100メートル、高いところでは150メートルもの落差で岩の壁が立ち上がっている。断崖は見れば見るほど荘厳で、一種の恐れさえ感じさせるのは崖の真下から、つまり船上から見るからかも知れない。

 絶壁はイタンキ浜から遠くないところを起点に海に向かって屏風さながらに13キロも連続している。そして、屏風の中心的な位置を占めて屹立し、傲然たる風格で太平洋に突き出ているのが白亜の灯台を頂きに据えた地球岬だ。

 海には幾つもの奇岩が岸壁を飾るように、あるいはガードするように、岩壁に沿ってそこここに顔を出し、どの岩も太平洋に対峙してでんと居座っている。

イタンキ浜は鉄の街として知られる室蘭市の誇る海水浴場だが、市の中心から車で10分ほどのところにあり、アイヌの人たちが「フム・ウシ・オタ」、つまり「音のする砂原」と呼んだように、砂を踏むとキュキュッと音を立てる浜として名が高い。そのうえ、波の破砕が優れているところから、サーファーズメッカともなっている。1キロほどの海岸線の一隅には桟橋もあって、ボートの係留も可能だ。

 「地球岬」とはもともとアイヌ語で「ポロ・チケウエ」と呼ばれた地域、直訳すれば「親である断崖」、意訳すれば「連続する岩壁の中心的存在」、あるいは「大いなる断崖絶壁」とでもなるのであろうが、いつのまにか「ポン・チケウエ」から「ポンチケウ」、そして「ポン」すらなくなって、「チキュウ」に訛り、当て字を「地球」にしてしまった。土地の古老のなかには今でもここを「ポンツク」と愛称する人もいる。

 名前が壮大なことに平行するように、眺望も絶佳、天候にさえ恵まれれば、遠く恵山岬や下北半島までが見えてしまう。

 夏の風物詩、霧が溶けるように海を這い、そして断崖の下部を覆うとき、地球岬きから望む景色はいかにもミステリアスで、しかも優雅このうえない。そこに典雅な幽玄の世界が拓(ひら)けているような気持ちになって、陶酔を誘う。それはおそらく北陸の「自殺の名所」として知られる「東尋坊」とも相似するものがあり、自殺への誘惑を色濃くにじませた独特の雰囲気があって、結果として、自殺者の後が絶たずに今に至っているような気がしてならない。

(その2)に続く


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