水中世界への挑戦「ケース3:海保に協力、地球岬での自殺者の捜索」(その2)

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 語り手:北海道室蘭市在N氏(作業ダイバー・インストラクター)

海保に協力、地球岬での自殺者の捜索(その2)

 自分のボートを走らせていくと、現場海域では海上保安庁の補佐官をリーダーに14人のダイバーが私を待っていた。保安庁で救難の仕事をしている係員も混じっていた。

「これだけ人数がいるので、15人が互いに視認できる範囲に離れて、直線的に潮の動きにしたがって捜索したいと思います」

 35歳くらいの髭の濃い補佐官は自信ありげに指示を出し、ちらっと私を見た。補佐官は最近ほかの管区から転勤してきたばかりの人だったが、私のことはすでに知っている様子だった。

「お言葉ですが、直線的に動くより、それぞれほどよく離れて、ラセン状に輪を大きくしたり縮めたりしながら動いたほうが発見が早いと思いますよ」

 私は思っていたことをそのまま口にした。

「Nさん、ここはまかせてもらえませんか。われわれにも捜索の経験はあるし、私の言った方法で成功したことも一度や二度じゃありません」

 補佐官は強い口調でそう言い、譲ろうとはしなかった。

 私も言いつのることは控え、口つぐんだ。海にかかわる仕事をする以上、海上保安部とはうまくやっていかねばならず、波風を立ててはいけないと思ったからだ。これは私と業務を一緒する業界の誰にも共通する行政への遠慮であり姿勢である。

 私を含め15人が補佐官の示すコースを、補佐官の言うとおりの捜索方法で、二度にわたって流し、潜ってみたが、女の遺体は見つからなかった。

 船に上がったあと、私が眉に皺を寄せて黙っていると、

「それじゃ、Nさんの言うやり方に変えて、もう一本だけ潜ってみましょうか。それで見つからなければ、今日の捜索は終わりにします」

 と、補佐官は渋々といった調子で私にやり方を具体的に説明するように言った。

 私は、しばらく休憩したあと、ラセン移動の捜索方法をダイバーらに説明した。そして、補佐官の指示で二度も潜って失敗し、潜水を切り上げたポイントにボートを戻させた。

 補佐官が怪訝な面持ちで私の顔を窺っているのは知っていたが、ボートをもとに戻したことについてはあえてなんの説明もせず、全員にエントリーの指示を出した。

 私は自分がこのあたりと思っているポイントに同行者を誘導しつつ、エントリーすると、透明度4メートルほどの海中をラセン状に動き、次第に行動半径をひろげていった。

 かならず、かならずいるーーー。

 私は自分の勘にむしろ緊張し、目を凝らしていた。

 それからものの5分も経っていなかったと思う。人間らしい形のものが突如現われた。とっさに近寄ると、案の定、女が一人、海の底に腹這うようにしていた。紺色のスカートがはだけ、大腿部が露わになって血がにじみ、白い下着がのぞいていた。

 体を支えるようにして顔を覗き込むと、両眼を大きく剥いている。岸から飛んだ瞬間に恐怖に駆られただろうことが察せられた。目蓋を下ろしてやると、表情がゆるみ、小さな唇が可憐で、それがやけに目立つ相貌に変わった。他のダイバーらは私を遠巻きにして、女を見ている。

 女が自殺をはかってから半日しか過ぎていず、体はまだ硬直していた。蘇生の可能性はなかったが、私は女を抱え、海面に浮上するなり、無駄とは思いつつ、即座に急速換気と呼ばれる人工呼吸をほどこしたが、女に呼吸が戻ることはなかった。

 浮上してきたダイバーらに手伝ってもらい、女をボートの上に揚げると、すでにエグジットしていた補佐官が目をまるくし、

「どうして見つけられたのか。このあたりは、一回目の捜索でみたはずなんだが・・・」

 と釈然としない表情。

「捜索者が多いということが必ずしも発見を早めることにはならないんですよ。だって、そうでしょ?こういっては悪いですが、潜水自体の能力的なレベルはまちまちですよね。幅をもたせて直線的に動いても、これだけ透明度の悪い海中です。潜水が下手だったら、遺体の上を素通りしてしまうこともあります。さきほども、海底の砂をフィレで煽って、砂を巻き上げていたダイバーがいたっしょ?」

 私が最後のほうを訛りながら、そう言って補佐官を見ると、その目には捜索を始める前の傲慢さが消え、納得するものが窺え、同時に上位者に対する尊敬に似た光が宿っていることに気づき、ほっとした。と同時に、この先、この人と仕事を一緒することに自信がもて、補佐官の態度の変化は正直嬉しかった。


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