水中世界への挑戦「ケース4:隠しポイントで潜水後、漂流の憂き目のうえ七匹のサメに追尾された恐怖」(その1) 

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

 語り手:沖縄県那覇市在T氏(猟師/インストラクター)

隠しポイントで潜水後、漂流の憂き目のうえ七匹のサメに追尾された恐怖(その1)

 新島は伊豆七島の一島、10キロ北に利島が、そしてさらに20キロ北に大島が連なっていて、この海域は黒潮が七島を押し包むように走り、房総の沖合いに向かっていることが特徴。

 このときから数年後のことになるが、あるダイバーが新島の利島と利島の中間にある鵜渡根を潜っていて黒潮につかまり、二泊三日も流されたあげく、銚子沖で漁船にピックアップされ、文字どおり九死に一生を得たという生還劇もこの海が舞台となっている。

 私がスキューバに夢中だったころ、この島にダイビングサービスを提供する店などは一軒しかなく、通いつめていた私はその店のオーナー、木村(仮名)とはごく親しい関係を築いていた。かなり無理な要請にもしばしば応えてもらったという経緯もあり、いま思い返しても懐かしい人である。

 その当時、新島にやってくるダイバーといえば、ほとんど例外なくスピアガン(水中銃)を持参したマニアたちであった。

 梅雨が明けるのを待っていた私は七月の下旬になったある日、自慢のスピアガンを片手に新島行きの定期船に乗りこんだ。到着したのが昼、その日は木村の手を煩わせることはせず、陸岸から単独で海に入り、適当に水の感触を愉しんで潜水を切り上げた。

 翌日、朝早く起床した私は木村の店を訪れ、急かせるようにしてボートを出させた。夏だというのに、客は私だけだった。そのことが幸運だったのか不運だったのかはわからない。

 ボートが外海に出ると、私はいつものように船首近くに腰をおろし、照りつける太陽に肌をさらし、心地良い潮風を全身に受けた。

 木村本人もスピアガンの名手であったが、スピアガンフィッシングを一緒したことは稀だった。実は、ボートに乗るダイバーとボートのオーナーである操縦者でもある木村とのあいだには一つの約束事、不文律があった。ボートはポイントにアンカーを打つことはなくダイバーを落としたら新島の一隅にある入り江で待機し、三十分ほどしたら洋上に目を向け、ダイバーの浮上を注視しつつ待つ。、ダイバーの側は浮上するなりフィンを振るなりして、ボートの操縦者に浮上を告げ合図するというものだった。

 このころのダイバーは魚を突くか、貝を捕るかのいずれかを目的としていたから、複数で潜水しても、それぞれてんでんばらばらに海中を動き、同一行動をとらなかった。だから、決められた地点ではなく浮上した地点で拾ってもらったほうがダイバーの側も楽だったという事情がある。そして、もう一つ決定的な理由は木村のボートが小さいうえにオンボロで、積んでいるアンカーもボートのサイズと比較してさえ小さく、しかも安物だった。潮の早い海でアンかリング(投錨)しても、アンカーが海底の岩にしっかり噛まず、アンカー本来の役目を果たさなかったからだ。しかし、そのやり方で、これまでトラブルを起こしたことはなく、木村も客であるハンターたちもこの不文律を納得していた。

 ボートのモーターエンジンが送ってくる律動が体に快く響いている。上空には千切れ雲がぽつんぽつんと浮かび、東の水平線上には入道雲が沸き起こって、いかにも夏の海であった。

 この日、私は新島のある海域でハンティングをすることを決め、そのことを木村にも告げ、渋られはしたが納得させてある。それは、この海に通い続け、苦労に苦労を重ねて発見した私の「隠しポイント」であった。「すこぶるつき」といっていいくらい魚影の濃いスポットで、私は木村に「人には教えるな」と姑息ともとられかねない要請を執拗に口にし、承諾させてもいた。

 潮流が早く、しかも変わりやすいという危険含みの海域でなかったら、木村もいやな顔はしなかっただろう。彼は遭難や事故を恐れるあまり、そのあたりでのダイビングをいつも忌避し、容易に首を縦に振らなかったのだ。だから、第三者にポイントを教えることなどはあり得ず、そのために「すこぶつるきのスポット」であり続けもしたのである。この日、もし客が複数であれば、私だけこのポイントに落としてもらう約束でもあった。

 ポイントの真上でボートを減速させた木村はややあってギアをニュートラルに入れながら、

 「おい、いいぞ」

 と声をかけた。顔にも目にも「ここでダイバーを落とすのはほんとはいやなんだ」という腹のうちが見えている。

 「わかってると思うけど、潮はいちど動きだすと、ここは並みの速さじゃなくなるし、そのうえめちゃくちゃ変わるからな。気をつけてくれよ」

 木村が眉を険しくさせて、そう言い継いだ。

 私は黙ってうなずきながら、タンクを背負い、スピアガンを握って船べりを蹴った。

 水深を落としていく私の耳に木村の操るボートのエンジン音が雷鳴のように響き、次第に遠去かっていくのが聞こえる。

 思ったほどの潮流はなく、そのことが高揚していた私の気分を損ねた。「流れのない海に大物を期待するな」とは、ハンターなら誰もが知っている常識であり、私自身、そういう海で大物回遊魚と遭遇した経験を持たなかった。私は仕方なく「底もの」を狙うことに目的を変えて、深度を落としていった。底ものとは岩の根につく魚のことで、「根魚」ともいい、根を好んで棲息する大物としてはハタ科の魚がある。

 眼下には深々とした灰色の海底が横たわっている。そして、岩礁の一隅が急激に切れこんでドロップを形成している。

 落ち込みの上にある岩棚に達したとき、信じられない光景が視野にに飛び込んできた。カンパチの一メートル級が一尾、銀輪をぎらぎらさせて現れたのだ。「しめた」と思うのと同時に「まさか」という気持ちもあった。潮流の失われた海にカンパチが出現したのだから、それ自体ハンターの常識をくつがえすものだったからだ。

 このシークレットポイントにはヒラマサも、ヒラアジも、ときにはマグロも群れて舞う。カンパチが出ることもとも稀ではなく、スピアガンで突いた経験も二度や三度ではないが、そうした恵まれたチャンスはたとえ僅かでも必ず潮流がそれなりに走っているときに限られた。

 潮のない海にカンパチを見た私は素直に幸先のよさを感じつつ、スピアガンを引き寄せ、即座に岩の陰に体を移動させた。回遊魚は追って突くことはできない。じっと動かずにいて、ターゲットが射程距離に入ってくるのを待つだけだ。

 カンパチは水深を下げ、ドロップの淵に行きかけたとたん尾ビレを振って戻ってきた。肥えた横腹が私から三メートルの先を悠然と通過していく。スピアガンの射程はニメートルだから、黙って見逃すほかはない。

 魚を突く極意、と言うよりスピアガンの発射のタイミングは対象魚が正面から射手に向かって接近し、射程に入ったところで打つことだ。すると、魚はその一瞬、本能的に体を捻ってシャフト(穂先)をかわそうとするが、ちょうど顔の部分が横を向いた瞬間にシャフトが魚の急所である鰓(えら)に突き刺さるという計算である。

 カンパチがふたたび転身し、私に正対して進んでくるのを見たとき、「これはいける」とほくそ笑み、息を止めた。カンパチは射程距離にあと三十センチという際どいところまで迫った直後に方向転換し、泳ぎ去った。カンパチの動きはいかにも心得ているといった風情に感じられ、不快だった。

 舌打ちしながら見ていると、カンパチはぐるぐる大きく円を描いて、水深を落としていくかと思うと、ふたたび水深を上げ、まるでそのことを知っているかのように私の目前を安全距離を保ちながら通り過ぎていく。カンパチはそうした行動をくりかえしたあげく、こんどは水深を下げたまま、私の眼下を回遊しはじめた。

 回遊魚を仕留めるためには、動きをよく観察し、回ってくる場所を的確に捉え、そこに体を置いてじっと待つのが良策といわれる。私はふたたび岩の突起の脇に体を支え、逸(はや)る気持ちを抑えてカンパチの近づくのを待ったが、相手は相変わらず接近したかと思うと離れ、離れたかと思うと近づてき、そういう動きをくりかえしながらも、けっして射程距離には入ってこなかった。そして、さらにドロップの下に移動し、私を招くように、あるいはからかうように、泳いでみせる。

 カンパチの動きにすっかり焦(じ)れてしまった私は「回遊魚は追って捕獲することは決してできない」という、昔から魚を突くことで身を立てていた先達(せんだつ)が教える鉄則を忘れ、みずから水深を落としドロップを降下していった。とたんに、カンパチは一気に表層まで水深を上げ、そのままあっさり私の視界から消えた。

 一人とり残された私は、そのときあらためて周囲を眺めた。荒涼とした海底が視野のなかに拡がっている。水深計を確かめなくても、深すぎるところにいることはすぐ判った。即座にフィンを蹴り、ドロップの上棚まで逃げるようにして引き返した。

 浅瀬に達すると、そこには岩礁に陽光が降り注いで輝き、思いがけないことに、石鯛が群れている。私は気を取り直すと、スピアガンを構え、ゆっくり接近した。

 石鯛を五尾仕留め、してやったりと顔を上げたとき、体長八十センチはあるシマアジが編隊を組んで表層を遊泳する姿が映った。

 シマアジを射とうと思い、場所を移動していくと、突如、あの憎らしいカンパチがまたも頭上に出現した。瞬時にシマアジのことは念頭から消えた。シマアジなどに比べたら、カンパチははるかに脂がのり、美味でもある。魚のしての格が違うのだ。そのことは寿司屋での値段にも表れている。

 カンパチは悠揚迫らぬ風情で水深を徐々に下げ、私の顔の先に近づいてきたかと思うと、ふたたび離れていく。まるで、あらためて私をからかいにやって来たといった動作に、血が頭に昇った。

(その2)に続く


前後の記事

現在はコメントを受け付けておりません。

サブコンテンツ