水中世界への挑戦「ケース5:グランプリ獲得の水中撮影はしばしば偶然の所産」(その1)

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 語り手:静岡県静岡市在K氏(作業ダイバー/指導員)

グランプリ獲得の水中撮影はしばしば偶然の所産(その1)

 伊豆半島でも大瀬崎といえば、ファンダイバーが群がる海としてよく知られている。

 その日、友人の本山(仮名)と、大瀬崎を訪れた。狙いは水中撮影であったが、私と本山とに海の女神の恩寵が違ったというべきか、手違いがったというべきか、この日の撮影は二人に天と地ほどに異なる結果をもたらした。

 このとき、私は広角レンズを装着したカメラを、本山は接写用レンズを装着したカメラを、それぞれもって海に入った。それは、むろん、互いに撮影目的を違えていたからで、私は景色を大きく、本山はウミウシなどのような小動物を超接近して捉えることを目的としていた。結果が一人を有頂天に、もう一人を切歯扼腕させることになろうとは夢思わぬことだった。

 ビーチからエントリーして、すぐ潜降していくと、本山は早くも海底を這うようにして被写体を探し、私は海中や海面を広範囲に注視しつつ沖合いに移動した。

 ふと、表層近くにイワシの幼魚に似た小魚がうようよいるのにきづいた。「被写体としてはどうかな」と迷っていると、海面にただならぬ動きが見えた。それは明らかに野鳥の群れの存在を示す足があちこちに見えては消えたことである。そう見えた直後、足が右へ左へと果敢に動き、次の瞬間、クチバシが水中に入ったかと思うと、体を捻るようにして潜ってき、小魚にアタック。「おぉー」と、思わず声を出して見守っていると、見事に小魚をくわえて海面に戻っていく。カワセミが木の上から川面に突っ込んで魚を捕るシーンはテレビで見たことはあるが、潜水中にこのような場面に出遭ったのは初めてのことだった。

 するうち、何十羽も海面に降りて、頭上は野鳥らの水掻きのついた足のシルエットで埋まった。

 それからがすごかった。いや、「一世一代の見もの」「劇的な目撃」といっても決してオーバーな表現ではないだろう。一羽がさきほどの鳥と同じように体をぐいと水中に突っ込むなり一気に潜降し、小魚をくわえて海面に戻っていく。すると、次から次へと、野鳥が降るように潜ってきては小魚を追いはじめ、なかには翼と足を器用に使ってジグザグに潜降し、獲物を追いかける鳥もいた。 

 後日、そうした野鳥の潜降を専門用語で「落雷潜水」と呼ぶことを知ったが、それは天蓋を引き裂いて走る稲妻のように鋭角的な泳ぎをするからで、そうした泳ぎによって浮力を殺すのだと聞いたときは、字義通り言葉を失った。

 このとき、私は千載一遇のチャンスとばかり、レンズを野鳥たちに向け、シャッターを押し続けていた。もちろん、本山と同行しているなどということはもう頭の片隅にもない。

 と、いきなり、水面の一部が割れるなり、一羽の鳥が勢いよく首から水中深く突っ込んできて、そのまま小魚を追って深みへ深みへと勢いを殺ぐことなく潜っていく。こうした鳥の摂餌行為を「突撃潜水」ということも後日になって知った。くだんの鳥は水深十五メートルも潜ってき、一分以上も息を止めていられるという事実を目の当たりにして、驚くよりあきれてしまった。

 水中写真をはじめてこのかた、後にも先にもこのときほど興奮し、感激したことはない。

 野鳥は小魚がその海域から去ってしまっても、潜水をやめなかった。私たちダイバーが排気する気泡を餌と間違えたのだという気がする。

 エントリーしてからフィルムを使いきるまで、十分とはかからなかった。私は本山に断わりもせずにそそくさとエグジットし、急いで新しいフィルムを入れ替え、ふたたびエントリーしたが二匹目のドジョウはいなかった。

 その日、帰る道々、私が「感動の巨編」を語って喜びを口にするのを、本山がどのくらい悔しがったことか。陸上でならレンズの交換はたやすくできるが、水中ではいったん嵌めこんだレンズを取り替えることはできないのだ。本山だって、撮影はできなかったとはいえ、稀有の景色を目撃してはいる。

 しばらくしてから現像されてきたポジフィルムを見ると、六十分の一のシャッタースピードで撮影したにもかかわらず、鳥の姿がぶれており、そのことからも鳥の泳ぎがいかに速かったかが知れる。

 たまたま月間のダイビング雑誌に水中写真コンテストを開催していたので、三十六枚のフィルムから比較的ぶれの少ない一枚を選び、それを応募作品として送った。

 しばらくしたとき、「グランプリ受賞」との連絡が入ったが、「してやったり」との思いと同時に、偶然の所産に感謝した。

 グランプリを受賞し、その写真が雑誌に掲載されてしばらくしたときであった。千葉県の我孫子(あびこ)にある山階(やましな)鳥類研究所の女性から電話がかかってきた。

 彼女は自ら名を名乗ったあと、

「あなたの写真を雑誌で見たんですが、鳥の色、形、サイズ、水中での動きなんかを具体的に教えていただけませんか。研究の資料にしたいんですよ」

 と懇願する。

 思いがけない申し出であったが、私自身、環境調査を率先してやってきてもいるし、嫌いではない分野である。喜んで見た限りのことを話すと、

「お願いなんですがね。もし、そのとき撮った写真をわけてもらえたら、たいへん助かるんですが。わたしたちは野鳥の研究家ですから、池とか沼とか、海の干潟などを陸上から観察することはあっても、水のなかに入って観察するってことはないんです」

 と、説得力のある言葉が続く。確かに彼らは研究家ではあってもダイバーではない。

「ですから、鳥が水のなかで、どんな泳ぎをするのか、どんな餌を捕るのか、どういう潜り方をするのか、どこまで潜るのか、どのくらいの時間潜っていられるのか、そういうあれこれが皆目わからなくて、生態が把握できずにいるんです。これまでに、やはりダイバーの方に譲ってもらった写真が少しはあるんですが、こうした貴重な写真はなかなか手にはいらなくて」

 野鳥の研究家が水中を泳ぐ鳥の姿を自身で直接目撃することなどあり得ないことはよくわかる。私は大瀬崎で撮影したフィルムのなかから数枚を送ることを約束した。

(その2)に続く


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