水中世界への挑戦「ケース5:グランプリ獲得の水中撮影はしばしば偶然の所産」(その3)

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 語り手:静岡県静岡市在K氏(作業ダイバー/指導員)

グランプリ獲得の水中撮影はしばしば偶然の所産(その3)

 ブロックの周辺には砂利が敷き詰められ、なぜか真下だけが横幅一・ニメートル、縦幅三十センチほどにえぐれて、その空間になんと二十匹を超えるウツボがトグロを巻き、群れ、恐ろしげな鋭い歯をみせて、私を見た。その図を目にしながら、「思ったとおりだ。これはいける」とあらためて自信を深くした。

 いちどきにこれだけの数のウツボを見たことはもちろん写真で見たこともなかったからだ。残念ながら、この日はカメラを持参していなかった。後日を期し、私は頼まれた計器を手に海面を岸に向かっておよぎだした。

 再び沼津にやって来たのはおよそ一週間後である。好天を確かめて家を出、車のハンドルを握りながら、ウツボをどう撮影するか、どう撮ったら絵になるかばかり考えていた。

 この日は、カメラをニ台用意していたが、ニ台ともに広角レンズをはめ、ウツボはやはり全部いっぺんに一枚の絵のなかにおさめるような撮影がいいだろうと結論した。

 沼津の海岸に車を置き、器材を背に、カメラニ台を手に海に入った。

 胸躍らせながら見覚えのあるコンクリートブロックに達すると、ウツボたちは前に見たときと変わらず、ブロックの下部に体を寄せ合って群れていた。

 私は早速ストロボを焚きレンズをウツボに向けてはシャッターを切りはじめた。ニ台のカメラに装着したフィルムはあっという間になくなり、私は満足して海面に、そして岸に向かってフィンを蹴った。

 帰宅するなり、知り合いの写真屋に現像を依頼した。

 数日後、届けられたポジを見ると、確かに一枚の写真に二十匹のウツボは写ってはいたが、一匹一匹がごちゃごちゃして小さく、重なり合ってもいて、絵としての魅力に欠けていた。

 明らかに、被写体の選び方を間違えていたというべきか、「数さえいれば」という根拠のない考えに偏向していたというべきか、私は自分のミスを認めざるを得なかった。と同時に、もう一度沼津に行くことに意を決していた。

 三日後、助手席には二台のカメラが載せていたが、一台には二十ミリレンズ、もう一台にはニ十八ミリレンズを嵌めていた。つまり、ウツボをまるごと全部一枚におさえるという考えを棄てていた。むしろ、ウツボの表情が出る程度の数に絞った図柄を頭に描いていた。

 できあがってきたポジはまあまあ不満のないもので、そのなかから、四匹のウツボが写った一枚を別の月間誌に送ったところ、グランプリは取れなかったが「金賞」の評価だった。

 水中写真にも「事件性」というものがある。たまたま滅多に遭遇できない場面を目撃するチャンスに恵まれたとき、もっとも、それが珍しい場面であることに気づかないことにはなんにも始まらないのだが、それを被写体とすることで成功することもある。

 むろん、月間誌のグランプリや金賞を狙うばかりが水中写真の真髄でも妙でもないことも事実である。腕がよくて、よいものを何枚も撮っているのに、そういう晴れがましい舞台へは決して作品を出さないというダイバーもいる。それぞれのダイバーがそれぞれ自分が納得のいくような被写体を、納得のいくような撮り方で撮影し、愉しめば、それでいいのだと思っている。


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