水中世界への挑戦「ケース7:ダム湖での遺体探しに失敗、猟師が奇想天外な手法で成功」(その3)

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 語り手:静岡県静岡市在K氏

ダム湖での遺体探しに失敗、猟師が奇想天外な手法で成功(その3)

 本保と連絡をとっていた古川が、「クレーンが来るまでにはちょっと時間がかかりそうだ」と言うので、隊員もわれわれ二人も弁当を食べることにした。死体を捜していたその手で昼食がとれるのが、こうした仕事をする人間に共通する図太い神経である。

 クレーンが来るまでにやっておかなければならない仕事があった。昼食を終えるなり、私は今度は一人で器材を背に海に入り、車体の下に体を入れ、ワイヤーを車のシャフトにしっかり括った。そうしながらも、この車のなかに人がいるのか、いないのか、早くはっきりさせたい気持ちが強くなる。

 午後三時になってクレーンが斜面の上にある道路に姿を見せ、あらかじめ延ばしておいたワイヤーの先端をフックで吊ると、ブーム(アーチともいう)を子ブームから孫ブームまで出し切った。それでも、ブームの先端はまだ斜面にあって、ダムの淵にすら届いていない。

 「孫を出しても、ワイヤーを斜めに引くしかないのか」

 見ていた古川も舌打ちする。

「じゃ、このままクレーンに引いてもらうしかないな」

 古川は苦笑しながら、そう言うと、クレーンの運転手に合図した。

 その頃になると、建築現場の監督とダムの責任者もクレーンのそばにやって来て、作業を見守った。

 はじめエンジン音だけが高々とあがるばかりでワイヤーが引かれる様子はなかったが、ワイヤーが木々の枝や株に引っかかっているのだろうと想像した。そのうちに、水面が波立ったかと思うと、ワゴン車の屋根が出現したが、駆け上がりの部分に車体が再び引っかかったらしく、また動かなくなった。

 「もっと上に吊れんか」

 古川がどなっているが、それは無理というものだ。距離がありすぎて吊ることは不可能だった。

 それでも、クレーンが苦しげに唸るうち、すこしずつワゴン車が姿を現し、側面と後部のガラスが大きく割れて破損しているのが見えた。

 「待て、そのまま、ちょって待て」

 古川がそう指示するなり、岸辺に寄ったワゴン車に歩いていき、なかを覗きこんだ。私も車に近づき、古川が覗いている反対側から車内を見てみたが、それらしい人間の姿はなかった。

 「いないな、どうしたんだ」

 古川が嘆息とも溜息ともつかぬ声をあげ、

「こりゃ、破れたガラスのところから飛び出したかな。どうやら、この人はシートベルトをしてなかったみたいだな。この斜面をベルトなしにころがったら、すごい勢いだっただろう」

 と、ワゴン車が落ちてきたスロープに目をやった。

「可能性としては三つ考えられますね」

 私がそう言うと、

「なにが?」

 古川が怪訝な表情をする。

「いや、遺体の場所ですよ。一つは車が斜面をころがっている最中に外に放りだされて、そのままダムのなかに落ちてしまったとしたら、遺体は車があった場所の近くにあるとは限らない。ニつめは、車が水中に落ちたときのショックでガラスが割れ、そのとき車の外に放り出された。この場合なら、遺体は車からそう離れていないところにある。三つめは、クレーンで引いているときに車が水のなかで傾いて、遺体がなかをころがってガラスを壊し、外に出てしまった。この場合なら、車のあった地点から車を引き揚げたこの地点まで線を引いたところにある」

「そこまでわかってるんなら、もういっぺん潜って探してよ」

「いやです。潜る気力は残っていません。このダム相手では、プロとしてのプライドもありません」

 古川と言いあいをしているうちに、いつの間にか、建築現場の監督がそばにやって来た。

「どうしても揚げて欲しいんだよ。うちで働いていた人だらかね、責任もあるし。お願いしますよ」

 現場監督は手を合わせんばかりにする。

「このダムのなかは一般的な池や湖とは全然違うんですよ。水のなかがなんにも見えないんです。まるで墨汁のなかなんです。そこに木の枝や株があって、そういう底を手さがりで探すってのは神経が耐えられません」

 現場に来るときに古川が言ったのと同じような言い訳をしている自分に苦笑しつつ、説明した。

「ダムだからねぇ」

 ダムの管理者がそばに来て、ぼそっと言った。

「ダムだってことは、よーくわかってますよ」

「ダムは水を供給するところです。だから、遺体を放置しておくわけにはいかないんだ。この水、静岡の県民がみんな飲んでいるんです。あんただって、機動隊員だって・・・」

「それは理解できますが、かといってね。とにかく、ほかの方法を考えてください」

 そうすげなく応じつつ、「おれたちは金を払ってあんな汚い水を飲まされているのか」と、不快な気分というより、衝撃に似た感じをもった。

「そこをなんとかせんと・・・」

 ダムの管理人がまだ唸っている。

「おっしゃることはわかりますけど、できないものはできないです。とにかく、水のなかがひどい環境だから、捜索は無理です。へたすると二次災害を起こしかねません」

「金はいくらかかってもいい。揚げてくれさえすれば、いくらでも出す」

「お金の問題ではないんです。いくらお金を積まれても、こればっかりはできません。漆を塗りたくったような水中で、しかも雑多なものがごちゃごちゃ沈んでいる底を這って遺体を捜す勇気そのものがありません。勘弁してください」

 

 このあと、ワゴン車だけはなんとか岸辺に揚げ、私と町田は機動隊の連中とともに帰宅した。

「古川さん、これは難しい捜索です。たぶん、遺体が腐敗してガスでふくらんで浮き上がってくるまでわからないと思いますよ」

(その4)に続く


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