水中世界への挑戦「ケース7:ダム湖での遺体探しに失敗、猟師が奇想天外な手法で成功」(その4)

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 語り手:静岡県静岡市在K氏

ダム湖での遺体探しに失敗、猟師が奇想天外な手法で成功(その4)

 この一件と私との直接的なかかわりはこれで終わり、翌日から通常の仕事に戻ったものの、ダムでの捜索に恐怖を覚え、ギブアップした経過が脳裏に残滓(ざんし)のようにあり、初期の目的である遺体の発見に至らなかった事実があらためて悔しく思われ、忘れることができなかった。

 その後、建築現場の監督とダムの管理者は県内で作業潜水をする会社やサルベージをやる会社にも連絡をとり助力を求めたが、ことごとく断わられたと聞いた。気の毒には思ったが、ダムの状況から推し量れば、あえてトライしようとするほうが非常識というものだ。

 ところが、それからニ日後、「遺体が揚がった」という報せを聞き、「それはよかった」と思いながらも、正直いって、現場を知る私たちには思いがけないことであり、ひょっとして腐敗が浮力を助長したのかも知れないと思ったのだが、事実は人間が人力で揚げたという。「どうやって揚げたのか」という疑問というより怪訝な思いが胸に満ちた。

 私は古川からの依頼を受け、この一件にかかわりはしたが、結局のところ依頼に応えることはできず、それが残念譜とも傷ともなって胸底にしこっている。

 警察機動隊の班長、古川からあらためて寄せられた情報によれば、「意外」というより「奇想天外」ともいうべき発想と手段によって遺体の引き揚げに成功したということだった。

 建築現場の監督はダムの管理者からやいのやいのと催促されたあげく、ほとんどやぶれかぶれで思いつくままにあちこちに連絡を入れ、捜索依頼をしたが、ことごとく断わられるうち、なかからひょんな情報を得た。それは「焼津港の猟師が港のなかで溺れて死んだ子供の遺体を引き揚げたことがあるって聞いたことがある。そこに頼んでみたらどうだ?」というものだった。監督は「猟師が潜水などするわけがないのに」と思いつつも、万が一を考え焼津漁協に連絡をとってこれまでの状況を説明し、協力を依頼したところ、意外にも、「いいでしょう。やってみましょう」と応じてくれた。

 当日、現場監督は約束した時間に現場のダムに足を運び、ダム管理者と挨拶を交わし、ゴムボートを猟師らに見せると、「あのボートでだいじょうぶです」と言い、用意を始めた。見ると、潜水をするような器材はなく、その代わりに釣りの道具があった。猟師らはいかにも頑丈そうな太い釣針(「ギャング」と呼ばれるものでボラなどを引っ掛け、カツオの一尾釣りのように、魚がかかれば空中に一気に引き揚げる特殊な釣針)を太めの糸につけ、さらに頑丈な竿につけてあった。釣針とはいえ、この釣針は複数の鋭い針がすべて上を向き、何かを引っかけたら抜けないような類のものである。釣針自体が重くもあり、鉛を兼ねてもいる。

 かれらの様子を見ていたダム管理者も現場監督も猟師らの思惑と意図を察することができたという。そして猟師らには成功した経験があるようにも感じたという。

 猟師らはゴムボートに乗ると、両舷に分かれ、それぞれ用意した竿を鷲づかみにしながらギャングを無造作にダムに放りこんだ。そして、ボラを釣るときの要領でギャングが底に着くなり竿を上げるという動作を繰り返した。

 雑巾のようなもの、粗大ゴミ、ビニール袋などが揚がり、ときに枝に引っかけもし、またときにはそれがために竿が上がらなくなってギャングを放棄、糸を切断せざるを得なくもなったが、猟師たちはそのつど道具を付け替え、根気よく作業を続けた。なにせいくら金がかかってもいいというのだから、釣り道具の放棄などたいした損失ではない。

 どのくらい経ったか、一人の猟師の竿が大きくしなり、ギャングが重いものを引っかけたことが知れた。竿のしなり具合からも、それが決して木とか枝とかでないことは本人だけでなく、傍目からも判った。隣にいた男が助けに入り、二人で力をこめて引き揚げると、水面にいきなり人間の足が出、ズボンをはいた脚部が浮き上がった。針は遺体がはいていたズボンの裾に引っかかっていた。

 この遺体引き揚げに現場監督とダム管理者がどのくらい喜んだかは察するにあまりあるが、私は猟師の採用した手法に瞠目した。一見、私が提案した鉛の塊を紐でしばって水底に落とすことでワゴン車を探したのに似てはいるが、実質にも結果にも雲泥の差のあることは、本人である私が一番よくわかる。とはいえ、ギャングを使う智恵はギャング釣りをしたことのない人間には発想できないものであり、現実に、釣りキチでありながら、ギャングを使ったことがない釣り師は少なくない。

 あとで聞くと、猟師らはダム管理者が感じたように、この方法で遺体を引き揚げた経験が一再ならずあったらしく、透明度が最悪な水中だけでなく、底の状況が凹凸の激しいところでも、絶大な効果を発揮すると誇らしげに語ったという。警察機動隊レスキュー班がギブアップし、サルベージ専門の作業ダイバーがギブアップした遺体をあっさり引き揚げてしまったことは鼻高々であったに違いない。

 この成功例に驚いただけでなく勉強にもなったのは私だけではなかろう。古川の指揮する機動隊レスキュー隊員はもとより、この種の仕事から逃れられない海上保安庁の救難隊員にも、消防署員にも、レジャーダイビングのインストラクターにも生きた教訓となったに違いない。


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