「暴力団」という組織を認知?

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  「暴力団」という組織を認知?

 熱海では経営難から業務を停止したホテルは一軒や二軒ではないだろうが、経営難に陥ったあるホテルに暴力団が入り込み、「会員組織」を制度化し、入金した会員にはホテルにフリーで宿泊できるホテル券を贈呈、5年後には振り込んだ金額全額を返金するという条件をつけたが、これがただの詐欺だったことが発覚、現在警察による捜査が始まっている。

 また、一方で、相撲界では親方衆が暴力団を土俵まわりの特別席に招待し、50人以上の暴力団員がそれを利用したとの報道があり、あわせて、某大関らによる野球賭博の嫌疑もかけられている。あの、「品格」を問う相撲界においてである。朝青龍に対し品格を云々できる体質など相撲界にははじめからないことを暴露したも同然だ。

 証券業界では暴力団組織の資金源として株式市場が利用されることを回避すべく、警察から全国の暴力団組織のリストをもらい、かれらによる証券投資をストップさせようと努力することが決まったらしいが、同時に、インターネットによる株式投資を、それが暴力団員によるものかどうかを見極めること、摘発することの難しさについても言及があった。

 おそらく、覚醒剤にかかわる犯罪、暴利をむさぼる金融犯罪,、売買春犯罪の大半には暴力団組織がかかわっているだろう。

 かつて本ブログで触れたことがあるが、報道機関は「暴力団」という組織名を日常的に文字にするし、口にも出す。まるで、暴力団という組織を認知しているかのようで、私には納得がいかない。言葉を換えれば、暴力団という組織が存在することを広言し、そういう組織が犯罪にかかわっていることを報道していることに、メディアは違和感をもっていないかのような印象が拭えない。

 「暴力団」というからには、「暴力を使って悪事を働く団体」という意味であって、そうとはっきり文字にし、口にも出しながら、そういう組織の撲滅を意図する姿勢を示さない国もメディアも、私にはまったく理解しがたい。

 昔から相撲界に限らず、歌手も、サーカスも、いわゆるドサ回りをする商売の人間も団体も、それぞれ興行する地方都市のヤクザに勧進元になってもらい、礼金を払ってきたという歴史があるが、そういう実態に長期にわたって不審の目を向けず、許容してきた社会、国、警察、メディアに責任があると私は思っている。

 「暴力団」という組織が存在するのなら、なぜそういう違法組織を潰すこと、根絶することを警察に迫らないのか。警察署でしばしば目にする「暴力団撲滅キャンペーン」の垂れ幕はいったい何の目的で壁にかかっているのか、これも私には解らない。そんなものを作って壁に垂らす暇があるのなら、自ら作成した暴力団組織のリストに従って、片っ端から潰していけばいいではないか。もし警察がそういう厳しい挙に出たとしたら、国民は警察の姿勢を評価しこそすれ、異を唱えることはあり得ない。

 組織そのものの存在を許さないという姿勢が当たり前だと思うけれども、日本人にはこれを「必要悪」と捉えたり、自身に直接被害が及ばなければ「他人事」と笑って関心すら持たないという傾向があり、そういう腑抜けた精神がいつまで経っても暴力団の存在を許す母体になっていることを認識すべきだ。

 「暴力団との関係の根を断つべきだ」などと口で言うのなら誰にでもできる。そういう耳に心地よい言葉を吐きながら、一方で暴力団という組織そのものが存在することを許容する社会のありようを変えずにおけば、組織はタツキを保持するためにあらゆる策を弄するのは幼児にも解る理屈。TVのコメンテイターといわれる知識層のコメントはその程度のレベルでしかない。

 要は、暴力団を組織すること自体を禁ずる法律をつくること、政権を担う党が立法化に向け本気になることだ。

 マフィア組織で政財界はもとより司法の世界まで蹂躙されてきたイタリアですら、最近になって、マフィアを恐れず根絶することを目的に市民も立ち上がったという報道がNHKテレビでなされた。因みに、イタリアではマフィアのボスを有罪にした裁判所長官が殺害された歴史があり、市民はマフィアという言葉すら口にしなかった。誰がマフィアか、誰がマフィアと通じているのか判らないからだ。

 まずはメディアが先頭をきって立ち上がって国を動かし、「わが国に暴力団という組織は存在しない」と断言できるような祖国にして欲しい。「国家の品格」はそこから始まる。でないと、ビート・たけしがまたバイオレンス映画をつくり、一部から不快という反応を惹き起こしてしまう。 


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