人間は性悪

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「人間は性悪」

 日本という国の社会機能のあり方、法的な整備が、実際の人間行為に対応していないことをつくづく感ずる。

 むろん、今に始まったわけではないが、バブルがはじけた後、人員の整理が内部告発を招来し、国民のまえにようやく裏舞台の一部、というより氷山の一角が暴露されてきた。

 日興アイディアル、みすず(旧中央青山)、カネボウの不正決算は、被疑者のなかに元日本公認会計士協会の会長が含まれていたことから、それなら新日鉄は?、セブン&アイ・ホールディングズは?、京セラは?と、並み居る上場企業に疑惑の目が向けられはじめた。

 建設会社の手抜き工事が云々されて久しいが、私は建設会社の株だけには手を出さないことにしている。私の友人に大手の建設会社に勤務している男がいるが、「談合は永遠になくならない」こと、「手抜き工事も永遠になくならない」ことを断言したことがあるからだ。友人がそう言ったのはすでに30年前、見事に的を得ている。

 つい最近では不二家の賞味期限詐欺があったばかり、ここにきて、ようやく「厳正な監査を求める声が強くなった」とは情けない国というしかない。

 「対岸の火」ではなく、「もって他山の石とせよ」という言葉がぴったりとはいえ、政官に任せておけば、適当なところでお茶を濁して終わることは間違いはない。今までもそうやって修羅場を凌いできたのだから。それは、政官が国民とはそうした愚民であることを承知しているからだし、だからこそ政治資金と賄賂をごちゃまぜにして知らぬ顔もできる。

 ここまできても、「人間の性悪さが本質的なものであること」を認識し、その土台に立ったチェック機能をつくり、監視システムをやろうとしない性根こそは、政官のだれもが共有するからであって、税金の無駄遣い、賄賂や政治献金の使途問題や私腹など、枚挙に暇がない。

 全面的に見直すとすれば、人間を信頼しないことから出発することだ。人間という生き物は、むろん私自身を含め、良いことに回る智恵よりも、悪智恵のほうがよく回るものであり、そうした生き物として創造されたのが人類であり、煩悩こそが人類の本能だと思えば、怒っているより、制度とルールでがっちり締め付ける以外に手段のないことが解るだろう。

 だいたい、「清く、正しく、美しく生きています」といえる人が地球上にどのくらいいると思いますか? 1万、いや10万人に1人くらいではないのですか。 中国だって、すでに賄賂で検挙された人間が百万人だというし、インドネシアに行けば、実態調査をしてあげましょうという善意の使節に賄賂を要求する。 日本などは、まだ多少はいい方なのかも知れないが。


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